モロBear  
地域 : 千葉    年齢 : 頑張る40代
一言 : 
気のみ気のまま楽しく走る。          気のみ気のまま楽しく走る。          気のみ気のまま楽しく走る。          気のみ気のまま楽しく走る。
モロBear さんの戦績
[結果]
2007/01/08    香川駅伝    6区4.6km=16分14秒 区間14位
香川RC遊C 斉藤-坂東-生島-鎌田-新城-諸熊
香川県生島運動公園周回2.3kmコースを2周

勉強で全く走っておらず、体重も増えている自分だが、今年もRC遊として走らせてもらった。優勝を狙うAチームではないので、ガチガチにならず走れることを感謝しながら上の順位を目指していくことを心がける。
集合してみんなと再会。その後女子の応援。アンカーでの逆転優勝に興奮・感激!次は男子の番!アンカーなのでアップや付き添いをしながら応援する。軽く流しを入れて、とりあえずスピード感覚だけでも甦らせる。新城さんからタスキを受け取りスタート。とにかくオーバーペースが怖かったので、タスキをかけ焦らず走ることを心がける。後ろから周回差で先頭2チーム(尽誠学園、高知商業)に抜かれる。着いていきたかったけど、今の自分にはその力はないので我慢する。1km通過は3分30秒。1周目終盤で仲善陸協を抜く。1周目通過は7分59秒。2周目も腕振りでリズムを作り脚を動かす。ただ脚に蹴る力がないのでスピードが落ちているのが自分でも分かる。2周目の1kmが3分43秒。前にかすかに1チーム見える。後ろも少し気になったが前を追うことを心がける。結局前には追いつかなかったけど、ラストまで全力で走る。2年間一緒に走った仲間の応援、自分が香川を去った後に入ってきた俺のことを知らない人からの応援。その二つの応援が本当に嬉しかった。
ラストだけはスピードが上がり結局1人抜きの区間14位。チームは19位。
個人としてはまだまだ満足出来る走りではないけど、それでもようやく復活の第一歩を踏み出せたと思う。市民ランナーとなった原点の場所で復活の一歩を踏み出せたことは意義のあることだと思う。
来年はAチーム入りをし、そして監督に恩返しの優勝をプレゼントして、胴上げしたい。
2006/04/29    横浜駅伝    1区10km=35.28(手元)
不正確な記憶によれば・・・。
2km=6.36 5km=17.04

毎年楽しみな地底牧場総集結の横浜駅伝。とても走れる体じゃないのは分かっていたけど、とにかくこの駅伝は楽しんで走りたかった。大会会場でみんなに会って、とにかくテンション上がりまくり!
今の自分にとって10kmは練習が出来ている時のフルマラソンと同じくらい長いので、とにかく前半は抑えることに。ペース感覚も分からなくなっているので、気持ちよく走ることを意識。大体第3集団くらいで前半は走る。体がブレるのは仕方ないけど、どうも腕振りがしっくりこない。脚が動かない分、腕でリズムを作ろうと思っていただけに、前半から腕が動かなかったのは痛かった。3m以降は一人になってしまったけど、前から落ちてくる人を拾うつもりでペース維持に努める。でも、だ〜れも落ちてきませ〜ん(涙)5km過ぎるとポツポツ抜かれ始める。でも、自分のペースを維持。これ以上ペース上げたらゴールする自信ないんだもん・・・。7kmくらいで地底さんの集団に追いつかれる・チームの盛り上がりのために、ここは着かねば。8kmを地底さんと通過。みんなに応援されて気持ちいい。で、それからは次第に地底さんに離されていく。粘れない・・・。ラスト1kmからイッキさんが併走してくれた。とにかく苦しかったけど、イッキさんの併走がありがたかった。ラスト数百メートルになって「笑顔でゴールだぞ!」と言われ、とにかく笑顔を作る(笑)ひなこさんが見えたら自然に笑顔になれた、かな?
レース後は地底牧場やそのほかの人の応援。と〜っても楽しかった。2チーム入賞は出来なかったけどなんとか1チーム入賞。みんなやっぱりすごいな。ビール飲みながらメイドさんの仮装集団とダウンjog。酔いが回った・・・。
アフターは毎年恒例のパスタ屋でワイン!飲みすぎて潰れるところだったけど、潰れかけた人を見たら正気に戻った(笑)みんなと話すこんな瞬間が今はとても幸せな瞬間。あぁ、来年は勉強のことは気にせず精一杯走って精一杯飲むぞ・・・。
2006/03/05    61回びわ湖毎日マラソン    2時間33分56秒 88位
17.08-34.29(17.21)-51.55(17.26)-1.09.12(17.17)-1.26.55(17.43)-1.44.54(17.59)-2.03.11(18.17)-2.23.51(20.40)-2.33.56(10.05) ハーフ通過1.13.04 88位

1週間前から完全に呼吸の調子がおかしく、東京後もまともに練習出来ていなかったので、ただ「走るだけ」になる気がしていた。
レース前日は東京から来た人たちと合流して、パーティで楽しく話してリラックス。その後香川から監督が来てくれて、飲み屋で軽くおしゃべり(注:自分はウーロン茶で水分補給)このリラックスが良かったのかもしれない。

レース当日は応援の人が給水提出をやってくれたので、ゆっくり寝ていられた。朝食後もリラックス。まるで国際レースの当日でないような気分。
競技場について軽く話し、アップ。全く走れていなかったので、いつもよりアップを少しだけ多めに走る(といっても1kmだけど)。応援の人たちはいるけど、監督がいないなぁ・・・。

スタート前、いい意味で開き直って心を落ち着かせる。スタートは東京と同じく転倒に細心の注意を払う。競技場を出ていよいよロードへ。
20kmを1時間9分30秒を切るペースを目標に、前後の集団に入る。風はあまりなかったけど多少気になったので集団の真ん中やや前方で待機。日差しが強く暑く、給水が確実に取れるよう前後の人のナンバーを確認。
7〜8kmで呼吸がおかしくなる。苦しい。今回もやっぱりダメか。そう思うも、出来るだけ気にしないよう走る。監督は何km地点にいるのか分からないけど、応援の人たちは12km地点にいると聞いていたので、最低でもそこまでは絶対に走らなきゃいけないと気持ちを切り替える。10kmあたりで呼吸は少しラクになり、集団のリズムに乗れるようになった。監督からは「暑いけん給水を取れ」と指示を受ける。
針路変更で北上。風も気にならず集団のリズムに合わせて進む。みつるんさんを抜く。調子悪いのかなぁ。
20km通過。東京ほど余裕はなかったけど、まだまだ脚は動く。集団の人数も少し少なくなったけど、とにかくこの集団についていくことにする。25kmを越え、監督が沿道で「いいぞ」とうなずいているのが分かる。自分もうなずき応える。27kmで応援の人たちがいてくれた。とりあえず応援してくれた甲斐があるくらいまでは走れたかな?集団は能城さん、西野さんが引っ張ってくれて、隣に大井さん。知っている人たちが多かったので安心しながら走る。
北上して30km通過。いつ脚が動かなくなるか、呼吸がおかしくなるかヒヤヒヤしながらだけど、まだ脚は大丈夫そう。ゴールを少し意識し始める。33kmあたりで集団から少し離れ始めた。無理するか自分のペースで行くか迷ったけど、ちょうど応援の人たちがいてくれたので頑張って着く。が、そこでペースを上げたら呼吸が急におかしくなった。この呼吸ではゴール出来ないと判断。悔しいけど無理して着くことをやめ、同じく集団を離れた大井さんと一緒に走る。
35km通過。まだ脚は動く。呼吸はおかしいけど走れないほどではない。大井さんを振り切って前を追う。見える位置にずっといるのだが、なかなか追いつかない。後方から数人に抜かれ始めるが、まだキロ4分ペースをかろうじて維持。みつるんさんに抜かれる。東京のときと違って「ラスト5km頑張れ!」と激を入れられる。反応したかったが、脚も動かなくなっていた。ラスト5km地点でタイムを確認。30分切りは今の走りでは無理だが、ベストなら何とかと思う。ここからはとにかく腕を振ることを意識。宿泊していたびわ湖ホテル前を通過。今まで突破したことがない40km関門が見えてきた。関門の横に監督がいた。「いいぞ」と一言。でも応える余裕はなし。
ラスト2kmが長く感じる。競技場はすぐ左にあるのだが、なかなか競技場に入れない。こういうとき、応援されたい。応援の人たちはどこにいてくれているのか、そんなことを考えながらゴールを目指す。
ようやく競技場入り口が見えてきた。入り口手前で監督がいた。「ようやった」と一言。泣きそうになった。でも、まだ終わっていない。残り600m。動かないながらもなんとか腕を振って脚を動かす。ラスト400mで応援の人たちが待っていてくれた。ラスト1周!そこで宮原さんに抜かれながら「ラスト少しでも上げよう!」と声をかけられる。いや、ここまで来たらお世話になった方にも負けたくない。競技者として勝ちたい!トラックレースのように切り替えてラストスパート。脚は400mなら動く。勝負出来る!と思った途端に呼吸が完全におかしくなった。もうjogしか出来ない。呼吸はある程度仕方がないと思いながら今まで走ってきたけど、このときほど呼吸の影響を悔しく思ったことはなかった。悔しくてラスト300mで大声を出したのを覚えている。
ラスト100mでゴールには宮原さんがゴールに礼をしているのが見えた。ラスト400mで100m差がついていたのか・・・。ゴールタイマーを見たら33分台ギリギリ出るか出ないか。呼吸も関係なくダッシュ。脚が支えきれなく、ちょっと蛇行していた気がする。ゴール手前で倒れかけ、そのままゴール。ゴールテープ上で倒れてしまったので、体を反転させなんとかトラック内へ。呼吸が出来ないけど、無理していなかったのですぐ回復出来た。役員の方々へお礼を言うと、すぐ横にいた宮原さんへお礼を言いながら・・・59。応援してくれた人たちへ挨拶をしにトラック外へ。ちょっとテレながらお礼。すぐ横に監督が来てくれて、監督へお礼を言った途端、また59。東京程気合が入っていなかったのが正直な気持ちだけど、走り終わったらこんなに自分で感動するとは思わなかった。監督の目の前でずっと59。
知り合いが続々ラスト1周地点を通過していく。自分も応援部隊に加わる。
レース後、すぐに会社の同期の結婚式(2次会)に向かわなければならなかったので、レース後の興奮冷めやらぬ中、監督の車で大津駅に送ってもらった。監督には本当に頭が上がらない。来年度の登録を終わろうと思っていたけど、やっぱり来年度もこのチームにお世話になろうと決めた。
新幹線の中でもレースの興奮が続き、寝ずに品川まで。結婚式では脚の引きずりを隠しながら出席。きつかった・・・。

びわ湖の景色は本当にきれいで、観光でも来たいほど。でも、来るならまた走りに来たいかな。さぁ、また標準切らなくちゃ。
2006/02/12    2006東京国際マラソン    40km関門手前でタイムオーバー
17.11-34.23(17.12)-51.45(17.22)-1.09.20(17.35)-1.27.25(18.05)-1.45.22(17.57)-2.05.38(20.16)-・・・
中間1.13.10 手元で40km手前2.33.15(27.38)

さぁ最後の東京国際。
スタートラインに立つと意外とあっけない気分になるのはいつもだけど、
今回はいつも以上にワクワクしたスタートだった。
スタート60秒前のコールがかかると、涙が出てきた。泣くの早いって。
スタートは転倒に細心の注意を払う。自分の設定では20km70分30秒前後だけど、風が強く牽制する恐れがあったので、少し速い集団の中に入ることに。日比谷通りに出る前まで前後をよく見たけど、前には集団があり後ろはまばらだったので、思い切って前の集団につくようにした。
横っ腹が少し痛くなりかけていたけど日比谷通りに入ったら気にならなくなった。
知り合いが多くいる集団だったので比較的安心して走る。
風が気になるけど、沿道の知り合いに手を振りリラックス。
風よけのサングラスをしてたから、あまり気づかれない。寂しい・・・(苦笑)
八ツ山の上りもそれほど苦にならなく通過。
設定よりかなり速いペースだけど、すごく気持ちよく走れている。
ゴール出来ても出来なくても、とにかく満足出来そう。序盤でそう思った。

折り返して急に向かい風になる。
四様の後ろにつかせてもらい、風によるダメージを受けなくする。
四様には本当に申し訳なかったけど、ずっと後ろを走らせてもらった。
八ツ山手前で後ろから大きな集団が追いついてきて、風の影響を受けないよう、その集団についていく。
帰りの品川駅でもまだ余裕。
これは2時間30分切りが現実味を帯びてきた。
ワクワクする。
フルマラソンの走りは自分でも手探り状態だけど、
自分の走りはこういうものなんだとも思った。
田町で日比谷通りに曲がる手前で集団を引っ張っていた中田君が
「自分はペース上げられないので、記録を狙っている人は前に行ってください」と声をかけた。
数人は前に飛び出したけど、自分は前に出る力はなかったので、中田君と早稲田同好会の人の後ろにつく。
30km過ぎて少し脚が重くなってきた。
2人から離れないように必死にくらいつく。
そう、今が頑張るべきところ。
このまま35kmまで連れて行ってもらえれば、あとは何とかなる。そう思った。
皇居を過ぎて34kmでさらに脚が動かなくなった。
二人から置いていかれる。
何とか腕を振って持ちこたえるも、脚に力が全く入らなくなってしまった。
35kmで知り合い数人に抜かれる。
後ろにつかせてもらうも、数メートルでつけない。
36kmでのラップでキロ4分50秒。
このままだと完走さえも危ない。
脚は感覚がなくなりつつあるので必死に腕振り。
東京ドームを抜けて37kmくらいで地底さんに「最後まで諦めるな!」と抜かれながら声をかけられた。
そうだ、タイム云々より、今は絶対に諦めちゃいけない。
どんどん抜かれながらもとにかく脚を動かす。
が、本格的な坂に差し掛かったところで脚の感覚が本当になくなって、
ふわふわ浮いているような感じになった。
脚が前に出ず、モモ上げをしているような感じだと思う。
風にあおられ、まっすぐ走れず何回か倒れそうになる。
意識があるのだけれど、脚が自分の体を支えられない。
止まりそうになるのを、何とか体重を前に持って行き走るように心がける。
自分からは絶対に止まりたくない、歩きたくない。
役員の方から「大丈夫ですか?」と近寄られたけど、走り続けるように意思表示。
でも、進んではいるけど走ってはいない。
昨年止められた四ツ谷の交差点を右折。
もうタイムオーバーになっているのは自分でも分かっているけど、とにかく止まりたくない。
でも、限界を超えていたので、誰かに止められたかったのも本音。
目の前に「タイムオーバー」の表示が出て、止められた。
止まったら立てなくなり、道路に倒れこんだ。
意識はあるのだけど、完全に脚の感覚がなかった。
収容バスにも自力では乗れず、バス内を這うように乗ったと思う。
バスを降りる頃には少し回復したけど、バスから競技場までの数十メートルがやっぱり歩けず、周りにいた役員の方々に担がれて医務室まで運ばれた。

結果は今年もゴールできず。
去年と同じ結果だけど、でも今回はやるだけのことはやったので、意外と満足している。
今ある力以上の走りをしたつもりだし、全く後悔はしていない。
完走目的であれば違った走りをして完走出来たかもしれないけど、
自分の走りは今回のような走りだと自信を持って言えるからだろう。
走っているとき、本当に楽しく、ワクワクした。

ただ、やはり力不足。
脚筋力が長い時間は耐えられない脚だと思う。
これは練習で作っていくしかない。
今までベースを30kmにしていたけど、ゆっくりでもいいから40kmを走ることや、クロカンで脚筋力を積極的につけることが必要だと思う。
ハムストに疲労がたまりやすい走りなので、ハムスト補強もやる必要がある。
今回は満足したけど、満足だけでなく、しっかり次に活かそう!

パーティやアフターはとても楽しかった。
最後の東京、みんなで騒げたのが最高の思い出かもしれない。
2005/12/17    東海大学記録会    5000m=15分54秒9(組4位)
3.11−6.20(3.09)-9.32(3.11)-12.47(3.15)-15.54(3.07)

1年ぶりのトラックレース。
先週に1000m×3を久々にやっただけなので、とにかく粘ることを目標に。
走るからには駅伝メンバー入りを目指して、15分台を目指す。
スピード対応していないのでスパイクは履かずマラソンシューズで。
初めは最下位でもいいから76秒イーブンで行くつもりでスタート。
しかし集団がかなり遅く、2周目くらいで76秒ペースでも2番手くらいに出てしまった。
前が遅かったし自分のリズムで行きたかったので先頭に出て76秒ペースで引っ張る。
2000m過ぎてもきつくはなかったけど2500mあたりで少し動かなくなる。
3000m手前で2人前に出てくれたけど、ペースが急激に上がったのでつけず、3人目についていく。
3人目からも離れたが4人目とうまく競り合いながら3000−4000を耐えられ、15分台が見えてきた。
ここからは自分との戦い。
きついけど頑張れば15分台。
きついところで学生が前に出てくれたので、集中力が切れなかったのが良かった。
スパートはキレがなかったけど、ラストは少し上げられて15分54秒。
スピードがこれ以上出ないので今ある力は出せたと思う。
ただ、全力を出すだけの体が出来ていなかったのでゴール後のダメージがなかった。
いいんだか悪いんだか。
タイムはそれなりに出たけど、駅伝で走れる状態ではない。
もう少し走り慣れが必要。
ただし、マラソンに向けては自信が出てきた良いレースだった。
2005/11/21    上尾シティハーフ   
ここで国際標準突破が目標。
しかしここで走るということは、某試験が落ちているということ。
複雑だぁ!
2005/10/23    諏訪湖ハーフマラソン   
狙いはトップ集団でテレビ・・・。
2005/10/01    国立チャレンジラン   
15分台出しておかないと、さすがにやばい!
2005/09/24    日体大長距離記録会   
今期初のトラックだったりして・・・。
2005/07/10    仙台国際ハーフ    1.19.30 171位
18.19−36.49(18.29)−55.56(19.06)−1.15.11(19.15)−1.19.30(4.18)

脚の痛み(左ハムスト)は治って脚作りの途中だけど、75分くらいでは走れるつもりだった。
が、1週間前から過呼吸発作が発生。
3日前はjogがまともに出来ないくらいだったので、目標は「完走すること」に切り替えた。
走れないこととプライベート事でストレスがたまっていたので、前日は牛タン屋をハシゴ。

アップで少し呼吸に違和感あったが、一応2km走れたので、発作が起きたら棄権することを決めてとにかくスタートすることにした。
感覚的に気持ちいいペースで走り始めると、カナガワRCのStarさんと同じ集団に。
お互い本調子じゃないので競う走りじゃないけど、ちょっと意識して進む。
10km過ぎてまだ呼吸が大丈夫だったけど、ペースアップはしないように我慢。
13kmくらいで繁華街脇を通ってケヤキ並木の青葉通りへ。
走ってみたかったきれいな道なので、感動しながら走った。
青葉城近くの上り坂で呼吸が上がり、Starさんに離されるが、気にしないように発作が起きないように走る。
残り5kmになって、ここからならペースを上げても大丈夫だろうと思いペースアップ。
そしたらやっぱりダメでした。
Starさんを抜くも、すぐ抜き返される。ペースガタ落ち。
呼吸は仕方ないので上体をブレないようにフォームを意識して我慢する。
残り1kmでギリギリ80分切れるかどうか。
タイムにはこだわらないようにして走るつもりだったけど、ここまできたら80分は切りたかったので、苦しくも頑張ってラストスパート。
定禅寺通り、ここもケヤキ並木がきれいな道だけど、景色を楽しむ余裕は全くなし。
市役所へのカーブを曲がって80分切りを確信。
苦しい表情(だったと思う)も心の中では笑いながらのゴール。
満足しました。

ゴール後にStarさんに御礼。
着替え後にT川大でお世話になったM井さん、S藤さん夫妻に会った。
仙台で会うことにビックリ!

記録狙いで申し込んだ大会だったけど、「杜の都」という静かな都市の雰囲気が好きだったので、
ゆっくりランでも楽しめた。
でも、コースも気象条件も記録を狙うには最高のコンディション。
もったいなかった。
来年は記録を狙いにいきたいね。
2005/06/12    東京シティロードレース   
2月の忘れ物を取りに・・・。
2005/05/22    黒部名水ロードレース   
故障治らず欠場
2005/04/29    横浜駅伝   
地底牧場ち〜む!!!
2005/03/07    びわ湖のあとは少し休養期間   
5月あたりから大会には復活予定。
2005/03/06    びわ湖毎日マラソン   
東京で感じた悔しさを晴らす舞台。
精一杯走ろう!
2005/02/13    東京国際マラソン    40km手前(四谷交差点)タイムオーバー
17.17−34.46(17.29)−52.17(17.31)−1.10.00(17.43)−1.28.27(18.26)−1.47.19(18.51)−2.07.55(20.36)-・・・2.29.14(21.19)←四谷交差点まで

故障で満足な練習が全く出来なかったけど、プールやエルゴメーターで何とか体力維持を出来たのは、待っていたレースが「東京」だったからだろうか。

競技場に着いて、久々に多くの知り合いに会う。こういう瞬間がたまらなくうれしい。
らしさんと競技場内1周ウォーク、スタンドで知り合い探し。
アップはスタンドで知り合いを探しながら。
成城のまなみ君を見つけ、軽く話してリラックス。
大学同期のマユゲ君を見つけ、「ゴールしたらムチャクチャ褒めてな」と語らう。
気がつくとどんどん時間が過ぎていく。そしてどんどんモチベーションが上がる。
そうだ、ただ走りに来たんじゃない。最後まで走りに来たんだ。

スタート。
最下位集団で走るつもりだったので焦らずゆっくりと。
ただ転倒に巻き込まれるのだけは怖かったので、すぐにアウトコースへ。
1km通過で少し速いと判断し、少しずつ後ろの集団に下がっていく。
競技場を出て、沿道にいてくれた知り合いに「帰ってくるぞ」と手と顔で合図する。
信濃町駅前でさいとうさんを発見。
その後ろには牧場仲間が大勢いてくれて、いよいよ始まったと改めて思う。
地底人さんと同じ集団になり、そこでレースを進める。
若干速いと思い後ろを見ると、数メートル後ろにO3さんがいる集団が見え、そのすぐ後ろには警察車両が見えたので、それが最後尾と知る。
ほとんど差がなかったので、とりあえず今の集団で進めることを決意。
四谷で両親の応援。
下りで少しラップが速いけど、これ以上下がれないので踏ん張る。
水道橋で成城のまなみ君から声援を受け、焦らずこのまま進む。
日比谷通りに入り、集団が前の集団を追いかけ始めたので少し速く感じる。
離れようか迷ったけど、ここから一人になるのはきついと判断してそのまま。
横には地底さん、ひとつ前に昨年びわ湖でお話した北海道の中山さん。
安定して走る方々が近くにいたので、頼る気持ちで走る。
CSCの片山さん、アトミの方々(パッと目に入ったのは大声で応援してくれるJUNKOさん、それ以外は分かりませんでした。ごめんなさい)、そして地底牧場の方々の応援。
10kmか15kmの給水で左の手袋をはずしてランパンに挟もうと思ったらポトリ。
しまったと思ったけど、落ち着いて拾って集団につく。
第一京浜国道手前で牧場ユニのあやとんさんとえいじさんに応援され、
女子高生の「ひゅ〜ひゅ〜」コールに少し笑う。
第一京浜国道に入り田町駅前。
ここで両親から応援。
品川ではたくさんの人の中から自分の名前が聞こえた。
ただ、第一京浜に入る手前から集団についていくのに余裕がなくなり、着いていくか迷う。
中山さんは後ろに下がったようだ。
向かい風が強く感じたので、もう少しだけつくことにする。
八つ山の上りで少し離されるが、下りで無理せず追いつけた。
このあたりから右足裏に水がたまり始めた。
18kmあたりで余裕を持ってついていくのが厳しくなり、自重して離れて一人で走ることを決意。
そうしたら熊沢さんと地底さんが後ろについてきて、先頭で引っ張った。
20kmを手元70分ちょうどで通過。
熊沢さんがペースを上げるが今のリズムが良かったのでついていかず。
折り返しでたまった水ぶくれが破れるのを恐れて大回りで回ることに。
後ろにいた地底さんにインをとられてぶつかりそうに。
折り返し後は2〜3kmくらいだったか地底さんと一緒に行く。
リズムは良い。最低30km以降まで行けると思う。
地底さんが離れ、前から落ちてくる人を一人ずつ交わし、八つ山も思ったほどきつく感じずに上る。
品川でまたたくさんの応援。
品川過ぎで地底さん、中山さんの集団に抜かされるけど、自分のリズムとスピードが違いすぎていたのでついていかず。
地底さんにファイトと言われ、走りながら感謝。
田町で両親の応援、日比谷通りにもどりあやとんさんとえいじさんの応援。
30km関門ではアトミ(ここでは飯村さんと目が合った?)の応援。
脚が固まり始めたけど、まだ動く。
うまくいけばゴール出来る。
とにかく「リズムリズム」で、自分のリズムを心がける。
皇居前でCSCの旗を持った片山さん、親友Bettiのお母さんの応援を受ける。
33kmあたりで地底牧場の仲間からものすごい激。
35kmは突破出来ると思ったが、いよいよ脚が動かなくなってきていた。
35km通過。40kmは厳しいと思うも、ここで真っ先に思い出したのはプールでの練習。
諦めそうになるものの、もう一度頑張る。
ハムストが完全に固まったが、とにかく腕が動くので腕で持っていく。
36kmでラップ確認。完全に完走出来ないペース。
「リズム」から「がむしゃら」に走りを変える。
かなりきつかったけど、40km関門を目指して坂に入る。
37km通過時点で40km2時間29分の関門は絶望的。
でも、もしかしたらびわ湖と同じ2時間30分だったかもしれないと思い、それならまだ可能性がある。
もう体は全然動かない。でも「勘違い」を信じ、ここからは精神力だけで走る。
39km手前でアトミ(このときはたっくんさんの顔がかすかに視界に入った)の仲間の大声援。ここで収容車と競争していたらしい。全く気がつかなかった。
坂の終わりが見えた頃、両親が応援してくれていた。
「ここまできたよ」と心の中で思う。
40kmまで間に合うのかと思いながら必死に四谷交差点を曲がった直後、審判員が両手を広げてコースをふさいだ。
まだ走れると思っていた。でも現実はとめられてしまった。
完走は無理だろうと分かっていながら35km以降走ってきたけど、実際に止められるのはショックで、泣き崩れた。
しばらく動けず、その場で泣き続けた・・・。
バスに乗り込み、まだ出続ける涙を拭くと、ふらふらになり走るランナーが目に入った。
うらやましかった。
信濃町駅前、左側にはバスの後ろに視線をやっているさいとうさんが見えた。
右側にはおなじく後ろに目をやるあやとんさんとえいじさん。
信じて待っていてくれている。申し訳なかった・・・。

1月全く走れなかった時期、気をつけたのは以下のこと。
・基礎体力を失わないようプールとエルゴメーターで長く動く。
・ハムストが固まり走れなくなるので、ハムストを意識した動きと補強。
・脚が出来ていないと前半の坂で脚が固まるので、スクワットでモモ前面を強化。
・走りがブレないよう腹筋・背筋強化。

全てがうまくいったけど、最後はやっぱり脚が作れていなかった。
ここまで走れたことに自信をもつことにしよう。
必死にやってきたことは絶対無駄ではない。
最後の5kmは故障して走れなくても諦めなかった精神力・応援してくれた方たちの声で走れたと思う。

マラソンの感覚はだいぶつかめてきたと思う。
あとは結果を残すこと。
故障をしない脚作りをまず第一に、そして距離を踏んでいくこと。
これをしっかりやれば、来年は走れる自信がある。
あとは実行あるのみ。
今回の思いを来年へ。

応援してくださった方々へ挨拶出来ず、今年も申し訳ない。
この場を借りて、ありがとうございました。
2005/02/06    柏駅伝    1区(2.85km)=8.33(区間1位)
諸熊−石井−波田−鴇沢−小須田

柏CSCで参加。
スピード練習が今年1回もやっていなかったので、気楽に走ることにした。
ガゼールが飛び出したけど速かったのでつかず。
後方からの追い上げ集団の前方で様子見。
1kmあたりから一人飛び出し、それについて行く。
前に追いつく手前で並んでいた人は息が荒く、ガゼールもリズムが違っていたのですかさず前へ。
後ろからついてくるので一度下がったら急激にペースダウン。
ダウンした直後にもう一度あげたら離れてくれた。
あとは必死に逃げる。
思ったほど離せなかったけど、なんとか1位でタスキリレー。
やっぱりスピード練習してないからきつかった。

チームは何とか粘り6位入賞!
2005/01/10    香川駅伝    アンカー
足底の痛みが引かず、Aチーム辞退を申し出る。
Dチームのアンカーでゆっくり走るものの、悔しくペースが上がってしまう。
チームに迷惑をかけてしまった・・・。申し訳ない。
2005/01/01    市川市民元旦マラソン    雪による凍結のため中止!
中学陸上部の同窓会。
雪で中止なので、その後なぜか後楽園遊園地でジェットコースター。
苦手なのに・・・。
2004/12/23    松戸市記録会    15.26.57(1組3位)
3.02−?−9.18−?−15.26.57

高校卒業以来、松戸の大会を走った。
高校の先生に会うのでかなりの緊張。
会った瞬間直立不動に(笑)

高校生ばかりの組なので、前半からついていくともたないので後半から上げていくことにする。
200m通過36秒で最下位。そこから一人一人拾っていき、3000mで5位くらいまで上がる。
しかもなぜかまだ余裕がかなりある。
3000m前から高校生の後ろについていたけど、ペースが落ちるのがイヤなので3000m過ぎから前に出てペース維持。
ラップが73秒まで上がっていた。
そんなにきついとも思わず、4000m通過。
ラスト2周で15分半が切れそうと思い、ラスト1周で軽くスパート。
4800mで市立柏の高校生に追いついたけど、スパートされて離された。
競り合いたかったけど、スピードがまったく上がらず、足の痛みも怖かったので、無理はしなかった。
15分半を切ってゴール。
高校の自己ベスト(非公認)がこの競技場で出した15分31秒だったから、競技場ベストを更新してちょっと嬉しかった。
ゴール後、かなり余裕。ダウンも軽かった。
痛みはなし。ただ、疲労感がかなり残り、指で押したらかなりコッていた。

アトミの知り合いや大学の後輩を応援しながら、軽くダウン。
高校生が多い中、みんな頑張っているなぁ。
2004/12/19    荒川河川敷大学対校駅伝(オープン参加)    1区10km=32分25秒(区間12位相当、オープンの部1位) チーム順位23位相当
3.02−6.11−9.20?−12.32−15.48−????−32.25

故障明け、風邪明けでどこまで走れるか全く分からなかったけど、前日からjog始めて気持ち良く走れたのでなんとかなるかなと思っていた。
なんとかせにゃならんし。
チームの目標が15位相当なので、区間10位相当を目標にした。
一応のタイムの目安は32分前後だけど、タイムよりも順位確保が第一。
スタート前は学生時代の思い出の襷をかけられることに嬉しく、その反面いつも以上に責任感も。
スタート直前は襷を握り締め続けた。
スタートしてからはそんなに速いとは思わなかったけど、3kmくらいで「速いなぁ」と感じ、後半のことを考えるとペースを落とそうかとも思う。
ただ、集団が12人なので順位確保のこともあり、迷う。
4km手前で茨城大と成蹊大が苦しそうに着いているのを見て、後半必ず落ちてくると思い集団から離れてスタミナをためる。
折り返して上記2校が集団から離れる。
ただ、なかなか追いつけなく、6kmで後ろからきた千葉大に追いつかれ、
7kmで離されてしまう。
ただ東京電機大が落ちてきたので追いつき競り合う。
8km手前で離したものの、8kmすぎで再び抜かれる。
9kmを過ぎ、前との差も30mほどあったが、1つでも順位を上げて後輩に襷を渡したいと思いなおし、必死に追う。
ラスト500m切ったあたりで追いつき、着かれないようスピードを緩めず抜き去った。
前の成蹊大には追いつけなかったけど、東京電機大には追いつかれず12位で襷リレー。
故障で走れなかった影響が大きく、終盤では腕が振れず上体がブレて、走りのリズムの無茶苦茶だった。
ただ最後までしっかりと走り通せたのは、やっぱり襷をかけていたからだと思う。
10位以内では襷を渡したかったけど、2区以降なんとか後輩が粘ってくれることに期待。
結局最後は23位相当でゴール。
長い距離を走れる選手がほとんどいないので、仕方のない結果なのかな。

自分が学生時代にはなかった大会なので、出てみたかった憧れはあったし、学生時代に戻ったようでとても楽しかったけど、
来年はやっぱり学生だけでチームが組めるよう頑張ってほしい。
実際はかなり厳しいだろうけど、また「楽しく強く」なってほしい。

大会終了とともに、あらためてこの大会主催者の方々へ深く感謝。
2004/12/05    奥多摩渓谷駅伝    サポート部隊
暴風雨のためチームが組めず、2チームを1チームへ再編成。人数が一人余ったので自分がサポート役へ。
脚が痛かったので実は助かった(笑)
前半3区間は学生が真剣に走り、後半3区間はOB等でつなぐ。
自分は3区〜4区〜6区へ荷物運搬等。
前半で繰り上げになってしまったのは寂しかったけど、学生が「駅伝」の楽しさやつらさを味わってくれたかなと思う。
偶然でいろんな人に会って、けっこう面白かった。
2004/11/28    つくばマラソン    73位 2時間47分03秒
19.10−38.13(19.03)−57.33(19.19)-1.17.04(19.30)-1.36.52(19.48)-1.56.54(20.02)-2.17.23(20.28)-2.38.23(21.00)-2.47.04(8.40) 正式計時2.47.03

練習としてつくばマラソンを走った。ペースの目安はキロ4分くらいだけど、特にこだわらず気持ちいいペースで走れればと思ってスタート。ペースは序盤19分台で行っていたので、後半21分まで落ちてしまったのはいかんなぁ。20km過ぎで大腿部(ハムストリングス)から臀部の根元にかけてしびれるような疲労感が出て、力が入らなくなった。これは後半は少し回復したけど、体の背面を鍛えなおす必要ありかな。あと27kmあたりからガス欠状態。まぁ、これは特にエネルギー補給をしてなかったから当たり前。あとは全体的に走りが安定していなく、疲労感なのか走りこみ不足なのか。まぁ、走りこみ不足は否めないんだけど。課題がたくさん見つかって収穫ありの42km走だったかな。
2004/11/23    府中多摩川ハーフ    10kmで途中棄権
17.58-36.37(18.39)・・・10kmで右足底筋に違和感があり棄権

キロ4分くらいで行くのかなと思いながら走り出したら思ったより速かった。疲労はあるものの、このペースはかなり余裕を持って走れた。右足底筋は昨日から少し気になっていたので、今日は慎重に考えていた。ムリすれば走りきれたけどムリする必要もないので、大事をとって棄権。まっ、練習としてとらえれば10kmを36分台で走れたからけっこういい感じかな。
2004/11/21    上尾ハーフ    ハーフ男子登記登録者の部7位 1.09.26
16.22-32.44(16.22)-49-18(16.33)-1.05.56(16.38)-1.09.24(3.27)

上のラップは手元計時。
スタート1分前コールの5秒後にピストルが鳴るアクシデントで、押すのが数秒遅れた。

前日に友達のお祝いがあり、ちょっと睡眠時間が少なかったけど、アップではそれほどダルくはなく、好不調を考えることなくスタートへ。
スタートでは競技場を出る際に急に道が狭くなるので詰まったりしたけど、焦ることなくロードへ。
風の兄ちゃんと並走しながら1kmを3分24秒で通過。
スタートの誤差はあるけど焦らず。
2kmが6分30秒台だったと思うので、周辺の集団についていくことに。
ちょうど帝京の学生がいいリズムだったので、中間点まではその人についていく。
中間点は覚えていないけど、そのタイムを見た直後、帝京の人がペースを上げて付いていけず、ペース感覚が分からなくなる。
一人二人に抜かれるも、走りのリズムを合わせられずについて行けない。
その後7〜8人の集団が来たので、なんとかそこには付いていく。
15km手前で苦しくなり離れてしまうが、15km通過タイムを見て希望は失わず、落ちてくる人を抜くことでペースと集中力を確保。
18km地点があると思ったがなく、今のペースが不安な中進む。
JRの高架をくぐると「あと2km」地点。
タイムを見ると1時間2分50秒台。
誤差を考えるとあと2kmを7分以内。
脚は動かないのでギリギリかと思い、がむしゃらに。
20km地点、あと1kmで70分切りはいけると思ったが、不安でとにかくペースを上げ続けた(つもり)。
競技場に入るときに8分台。ラストの直線で9分20秒と見えたので、やっと安心。

前半からお腹の調子が悪く、気になり反省点。
なぜか最近左の前モモに疲労がたまる。
バランスが悪いのかな。
左にチップをつけるので、逆に紐を強く締めてしまい、左足の外側が水ぶくれに。
ただでさえ「幅広」な足だから、少しは余裕をもって靴紐を締めよう。

とにかく標準を切れて良かった。
レース後は東京国際女子マラソンの応援へ。
あの大舞台をたくさんの知り合いが走るのは、応援していてとても嬉しかった。
2004/11/03    木祖村内対抗駅伝    3区3.7kmくらい=11.56(区間1位)
会社チーム(若林−橋本−諸熊−林野−岩井)

全力で走っていいのかわかんなかったけど、「いい」とのことなので、そこそこのペースで。
前半に急激な下り、後半はダラダラ上りなので、下りは極力抑えていくつもりだったけど、
急過ぎて脚が止まらず、かなりのペースで走ってしまった。
なので後半の上りは全く脚が動かず。
村のお祭り的な大会なので良かったが、これが狙っている大会ならやばかったなと思いながら走ってた。
2004/10/31    手賀沼エコマラソン    ハーフ総合?位(25〜29歳の部2位、地元の部2位)
16.26-33.23(16.57)-?-1.09.22-1.13.17

風邪の影響でまったく調子が上がらず、どうも走りにキレがなく迎えてしまった。
地元のメイン大会なので、ちょっとはいい走りをしたいけど。
昨年より集団のペースが速くどうするか迷ったけど、どうせ風邪でまともに走れるわけないんだから、第2集団の「16分30秒」ペースについて、
上尾での70分切るペースの予行演習として走ってみようと思った。
7km過ぎまでは付けるも、そこからはボロボロの走りへ。
抜かれても抜かれても抵抗できず。
得意の中盤〜後半の走りのリズムも失われ、苦しんで苦しんでゴール。
疲労感だけが残ってしまった。
年代別で2位に入ったのは意外だった。

反省点:風邪の影響はあまりなく思えた。
    どちらかというと脚の疲労が抜けきってなかった。
    普段の練習場所は山道でもいいけど、大会直前は平坦な道を走らなきゃ、同じ過ちを犯すかな。
2004/10/24    諏訪湖マラソン    ハーフ総合15位(30歳未満の部11位) 1.11.47
16.40くらい−33.53(17.13)−50.56(17.02)−1.08.11くらい(17.15)−1.11.47 中間点35.30くらい 5km見逃した。20kmは設置なし。残り1km1.08.35から20秒引いてみた

地底牧場古久屋で出場。古久屋さんの宣伝Tシャツを着てレースへ。
スタートに並ぶのが遅くなり、かなり後方からスタート。
せっかく古久屋さんのTシャツを着ているのだから、先頭でテレビに映らないと申し訳ないと思い、猛ダッシュ。
多分最初の1kmは3分くらいで入ったと思う。
1km過ぎで先頭集団に追いつき、3kmで脚が動かず。
自滅するのはイヤなのでペースを落とす。
どんどん抜かれていくけど、焦らず焦らず。
5kmは見逃した。
10km手前から脚が復活してきて、リズムよく走れるようになってきた。
少しずつ抜いていく。
ラップは思ったより上がらなかったけど、最初のダッシュをしている分、まぁ、いいか。
入賞ラインからは大きく外れたけど、リズムよく後半も粘れ、11分台でゴールは出来そうと安心。
ラスト1kmで11分台も微妙になり、もう一度ペースアップ。
なんとか11分台でゴール。

古久屋Tシャツの人達もけっこういい走りが出来たので、よかった。
前日の地震さえなければkyokoさんや監徳さんも一緒に走れたのに・・・。
015さん年代別1位!イッキさん年代別5位!
そして自分は抽選で3万円旅行券ゲット!
当ったら行きたいところはあそこかなぁなんて勝手に想像していたら、当ってしまった・・・。
2004/10/19    きたろうカップ境港駅伝    3区8.1075km26.38(区間4位)
香川RC遊A(平森−白井−諸熊−森−乾−二川−長尾) 一般の部6位

26.38(中間地点13.15くらい)

香川RC遊の秋の目標大会。
今年も出場させてもらった。
今回は全く練習も出来ておらず、香川を離れて3年、知らない人も増えてきて、襷を受け取る自信がなかった。
いつまで襷を受け取っていいのか、迷いながらの大会出場だった。
レース前から強風のコンディション。
自分が走るコースはほぼ向かい風。
気持ちが切れると走れなくなるので、気持ちだけは切らないことを意識する。
襷を受け取るとする前に気高郡がいる。すぐに追いついて風よけに利用。
500mくらい後ろにつくも、ペースが遅く感じ前に出る。
チームの目標は気高郡に勝つことではなく、あと3チームくらい抜くことだから。
気高郡はすぐ離れてくれて、前にかすかに見える大学生2チーム、一般1チームの3人集団を追う。
一人で向かい風をずっと走るのはきつい。
中間地点を13分15秒くらいで通過。
タイムは去年よりも30秒遅いけど、風が強いので気にしない。
それよりも前との差を意識する。
3人集団の中、1人離れてきた。
一般か分からなかったけど、海沿いに出てから少しずつ縮まって、ゼッケンの色から一般と分かる。
追いついてきているけどなかなか追いつけない。
一時は諦めかけるけど、全く知らない自分を選手にしてくれたチーム内の若い人、特に応援にきてくれていた若い人のことを思うと、
「ここで抜けなかったらもうこのチームで走れない」と思い、もう一度頑張る。
残り1kmを過ぎたところで追いつく。
すぐに前には出られないけど、横に並んで並走。
取材の車が横に来て写真を撮っていたので、写真を撮り終わって前に行く車の後ろについて風よけにしてラうとスパート。
あんまり風除けには出来なかったけど、なんとか離れてくれて、中継所へ。
森さんへ襷を託す。

練習不足の割にはなんとか走れたし、区間順位も実業団以外では1位。
でも善通寺自衛隊には1分負けて、実業団にも1分以上負けた。
チームを押し上げるにはもう少し力が必要。
せっかくRC遊で駅伝を走るのなら、チームを押し上げる力をもって走らないと、中途半端な立場の自分では申し訳ない。
2004/09/25    四大学対校    オープン男子5000m16.01.2
3.06-6.17-9.32-12.55-16.01.2

学生時代に一番目標にしていた大会。
卒業してもここだけは走りたかった。
後輩へ少しでも刺激になれば・・・。なれたかな?
スタートして白方が先頭を引っ張り、それについていく。
学習院の学生が2位、自分が3位。1000mでけっこうきつくなるも、後輩が見ている場では離れられない。
クワモンひろしが先頭に一時出てきて、白方と3人のOB対決で楽しくなる。プレッシャー・・・。
3000mくらいで白方、学習院学生、自分の3人。かなりきつい。
4000mで15分台はあきらめ、勝負に徹する。
ラスト2周できついながらも先頭にたち、学習院学生を引き離すも白方は離れず。
白方に勝つにはここで離しておかないと勝てないのに・・・。
ラスト1周手前で離され、ラスト200mから少し距離を縮めるも追いつけずゴール。
トラックの感覚が久々で分からず、疲労も抜けきらなかったのが痛かった。
後輩に情けない姿をみせちまったい。
しかし、朝5時まで飲んでいた白方に負けるとは・・・。ショック大。
2004/09/19    チャレンジラン    5000m→棄権
国立でトラックレースは初めて!

→呼吸障害のため棄権
2004/07/18    やぶはら高原ハーフ    ハーフ一般男子39歳以下3位 1.16.43
18.46-36.56(18.10)-54.40(17.43)-1.12.47(18.06)-1.16.42(3.55)

前日に健気さん、ひなこさんと木祖で再会。ちゃこさん達にもご一緒させてもらい、楽しい前夜祭を過ごしました。

朝起きたら呼吸の調子がいつもよりは良かったので、とりあえず走ることにした。
雨が降っていたのが、呼吸には良かったのかもしれない。
スタート直後は去年ほどハイペースではなく、しめしめ。
坂では自分のペースを崩さず。抜いていく人がいても、あとでバテると思い、走りなれたコースをじっくり登る。
坂の上で職場の人達がいてくれるはずと思ってたら、給水準備で一人しかおらず・・・。
ダムに上がってからもマイペース。その時点で4位。
木曽大橋を渡ったあたりから少しペースアップ(呼吸が乱れない程度に)。3位浮上。
ダムを下るところで2位に追いつく。
大原地区で競り合いながら、残り2つある上り坂のため、少しペースを落としたら、その時にペースアップされてしまい、離されてしまった。
最後の上り坂では完全に脚が止まったけど、ちゃこさんの応援を受けなんとか3位は死守!
ゴールでは職場の人が迎えてくれました。

健気さん、西原さんも年代別で入賞。
みんなでにぎやかに終わりました。
ひなこさん、地底ユニをもってきていたとは・・・!

職場の人にも御礼を言いにいったりしていたら、ダウンをする時間がなくなってた。
レース後は脚が固い・・・。
2004/07/10    ナイター陸上    1500mDNS 5000m16分04秒57
3.09-6.18(3.09)-9.34(3.16)-12.57(3.21)-16.04(3.07)

20時スタートで競技場着19時過ぎ。
テストを受けていたら遅くなってしまった。
当然15時スタートの1500mはDNS・・・。

どうせまともに走れないだろうから、とにかく練習のつもりでリラックス。
16分半くらいで走れれば御の字かなと。
スタート前、大学の後輩に遭遇(お互いOB総会サボって何やってるんだか・・・)
着替えやアップをしながら、やまさんと思われる人(ドタバタしてよく見えなかった・・・)を数回応援。
自分がスタートする頃には、25度まで気温が下がった。

安喰さんと同じ組で、スタート前にちょっと会話。

スタートも後方から。
少しずつ順位上げていって、1000m通過は比較的ラクに3分09秒。
ここからも頑張りすぎず、このままのペース維持を務める。
3000m過ぎて少しずつ体がブレ始めた。
やっぱり練習不足・・・と思う。
でも前半リラックスして入ったため、後半もそんなに苦しまず、
ラスト1周は66秒で走って、それでも余裕があった。

15分台目前だったけど、今回はタイムを狙っていたわけではないので、
とりあえず思ったより体力が落ちていないことに安心。これが最大の収穫。
2004/07/04    札幌国際ハーフ    不参加
やっぱ出れないよな〜。
出れないよな〜。
無理かな〜。
→泣く泣く不出場決定
2004/05/30    日体大記録会    16.11.57
3.04-?-9.28-12.54-16.11.57
スタート時間9時5分。でも、始発で出たにもかかわらず競技場着8時10分。
1次召集にギリギリ間に合う(間に合った?)
暑かったのでそんなにアップせず。
アップ前に宮下さんと久しぶりに会い、ちょっとリラックス出来た。
その後地底さん、leico。さんも来てくれて、少し話してアップへ。
やっぱり暑いので1kmくらい。
宮下さんの走りを見ながら少しずつ気持ちを高揚させる。
競技スタート。
最初は集団の中盤〜後方で待機。それでも最初の200mは35秒くらい。
最初に飛ばす高校生が少しずつ落ちてきたので拾いながら前方へ。
1000m通過時点で結構前へ。
あまり力を使わず3000mまで。
途中ふでさんもどき(ふでさんだった)にビックリしながら、リラックスを心がける。
3000m通過を聞いて、さらに(自分ではなく周りの選手の)ラップが落ちてきていたので、
このままでは15分台が出ないと思い、余裕はなかったけど前に出る。
少しだけ先頭を走り、そしてすぐ抜かれる(涙)
付いて行ければよかったのに、無抵抗のまま抜かれていく。
ここで練習不足が出てしまった。
4000m通過で地底さんがタイムを教えてくれて、もう15分台は絶望的。
それでもせっかく記録会を走っているのだから、なんとかもがく。
でも、無抵抗に抜かれ続ける。
ラスト1周で残りの力を振る絞り、ラスト250mで宮下さんから16分ヒトケタが狙える旨を聞き、さらにスパート。
ゴール手前までとにかく抜けるだけ抜いて(ラスト1周はけっこう抜いたと思う)、
わずかにヒトケタを逃しゴール。
暑かったけど、走っているときはそこまで暑さは感じず、
15分台が出なかったことに、純粋に悔しい思いと練習不足だから仕方がないという思いが交錯し、なんとも言えない気分に。
でも、これが今現在の走力なので、現実を受け止める。

反省点
@明らかに走力不足→直前の走行距離が明らかに少なすぎる。
A後半粘れなかった→jogと短いインターバルだけでなく、ペース走やB-upでスピード持久力をつける必要がある。
B直前の練習不足を、環境のせいにしない→大学の後輩が走高跳のピットがない練習環境にもかかわらず関東インカレ優勝。自分も気持ちだけは負けないように。道があれば長距離は出来るのだから。

久しぶりのトラックレース。
タイムが出ないと判断し、きついながらも途中で前に出るだけの精神力が残っているのは安心。
あとはその精神力についていける走力を身に付けるだけ。

地底さん、leico。さん、玉三郎さん、TOMさん、ふでぎりさんなど、多くの知り合いの走りを応援し、会話し、とても楽しかった。
やっぱりレースは一人で出るよりもみんなで出たほうが楽しい。

大学の後輩が女子1500mに出場。
5分を切ることが目標で結果5分00秒26。
くっ、悔しい・・・。
2004/05/16    塩尻ロードレース    一般男子10km 3位
雨でグラウンドが土なのでスタートから泥だらけ。
箱根の山登りで有名なO村さんをマークしながらレースを進めるも、
激しい起伏に前半で脚が動かなくなり、先頭2人から3km手前で離される。
3位争いを2人でしていたが、4kmで離され、あとは自分との戦い。
6kmあたりから3位の人が近づいてきて、逆転。
うまく着かれないように一気に抜いた。
あとは2位の人が見えてきたけど、追いつくには遠すぎた。
最後はまた泥だらけのグラウンドを回ってゴール。

ゴール後は泥だらけだったので、争った人とは表彰式で話そうと思っていたのに、
表彰式はなく、ただ賞状が配られただけだった。
知り合い作って一緒に練習とかしたかったのに・・・。

激しい起伏のコース。
体幹は最近鍛えているけど、腕振りの強化、スクワットなどの脚力強化も必要と痛感。

雨の中でのレースだったので、夕方から少し頭痛・・・。

東京の知り合いがみんないろんなレースに出ていて、みんな頑張っているのを励みに頑張れた。
でも、正直言うと、一人で出るレースは寂しい・・・。
2004/05/04    香川県選手権   
この頃どこに住んでいるかわからないけど、香川陸協所属だから選手権には参加したい。
→不参加決定
2004/04/29    横浜駅伝    1区10km33分48秒 区間7か8位
地底牧場しょぼ〜んチーム 混合の部5位
モロBear−ちえ−玉三郎−leico。−えいじ−みほ−さいとう

判断は前日夜に迫られた。仕事終了23時。そこから無理して実家に帰るか、それとも翌朝横浜に向かうか。前者の場合は睡眠不足で走れるか分からんし、後者の場合はアフターで飲めない。選んだ結果は前者。高速道路は安全運転、でも怖い?
睡眠時間約2時間で横浜駅伝出走。会場着後、知り合い多くに会い、やはり楽しくみんなで走るのが一番の幸せと実感。
スタート、前半はラクだけど、後半に練習不足と睡眠不足の影響が出ると思い、無理せず集団に引っ込む。地底人さんの背中を見ながら走るも、だんだん見えなくなっていく。あのユニフォーム「chiteijin」に離されていくのは結構屈辱(笑)後半は動かないながらもとにかく粘る。でも、がむしゃらにスパート出来ない状況だったので無理はせず(最近ラン中亡くなる方が増えているので、睡眠不足を自覚し無理はしないように。)がむしゃらでないスパートで。
その後はいろんな人とおしゃべりを楽しみながら駅伝の応援。みんな頑張って、そして楽しく走る。そんな姿を見るのが大好き。でも、みんなはえ〜!!!
ビールを飲みつつ表彰式待ち。あんなにタイムを誉められるとは。そりゃ、サッカー集団だもん。アフターでもワインのみまくり。で、その後が怖くなり(そりゃやっぱり睡眠不足だし)のため、2次会アフターはごめんなさい。動けなくなるのが怖かった。で、マックへ。コーヒーにガムシロ入れたら周りから白い目。甘党なんだもん。さらにアイスクリーム注文でも牽制。結局1.3個食べる。はめられた!いじめっ子リストにまた一人追加。ウルトラランナーの話はとても面白かった。
2004/03/07    びわ湖毎日マラソン    40km関門リタイア
17.16-34.17(17.01)-51.47(17.30)-1.09.37(17.49)-1.27.04(17.27)-1.45.19(18.15)-2.06.57(21.37)-2.35.04(28.07)


仕事や生活で精神的に参っていた時期の出場だったので、過呼吸発作の影響がモロに出てしまった。直前の練習からおかしく、「もうどうにでもなれ!」って開き直ったレース。スタート前、関東、香川、大阪から出場の多くのランナー仲間との談笑にリラックス。東京から応援に来てくれたkyokoさん、ちえさんに会ってビックリ!まさか東京から応援しに来るとは!
天候が大雪の中、スタート。初めの5kmで既に呼吸に違和感があり、もう完走は出来ないだろうと思ったが、それならそれで、いけるところまで行ってやろう、絶対気持ちだけは切らないでいこうと決意する。風が出て、ペースが一定せず、東京の時よりも余裕がない状態で20km通過タイムを見てビックリ。もう少し早く通過していると思ったのに。そこから少しずつ抜いていく。平森さんを抜き、篠原さんに追いついて25km通過。「過呼吸発作起こらずゴールできるかも!」と思った矢先に過呼吸発作発生。宮原さんや大澤さんに追い抜かれても抵抗できず。初めて勝てると思った平森さんにも終盤抜かれ、35km以降は完全に気持ちが切れてしまった。せっかく有馬さんやkyokoさん、ちえさんに応援されて走ることが出来たのに・・・。2年前と同じように40km関門で収容。気持ちが完全に切れて、呼吸も出来なく、意識はあるのだが、立っているのがつらく、収容車から医務室までタンカで移動。そのまま医務室で相当な時間、くたばっていた。あとから有馬さん、宮原さん、kyokoさん、ちえさんが医務室まできてくれた。
スタート前からレースは決まっていたのかもしれないけど、やっぱり悔しい結果だった。でも、呼吸以外でも、脚が完全に終盤動かなかったので、結局ダメだっただろう。また、医務室に運ばれるような状態になるまで走ったのは、そこまで頑張れたとも取れるが、今はラン中に死亡する人もいるから、もう少し慎重な行動が求められるべきだったと思う。多くの方に迷惑をかけてしまった。
せっかくマラソンが面白くなってきたので、また復活したい!
2004/02/08    東京国際マラソン    2時間32分29秒(102位)
17.07−34.29(17.22)−51.59(17.30)-1.09.37(17.38)-1.27.08(17.31)-1.44.46(17.38)-2.02.53(18.07)-2.23.28(20.35)-2.32.29 中間1.13.28 102位/124人完走

前半はホント遊ぶ気持ちで。周りの景色を見ながら、気持ちに余裕を持って走った。応援されれば手を振る。リラックスを心がける。20km過ぎてペースを落とすか迷ったけど、リズムがよかったので、そのまま押していった。集団がバラけて、途中先頭を引っ張る。30kmを過ぎてもまだ余裕はある。いつもならこのあたりは苦しくて仕方ないのに。完走を確信。うまくいけば2時間半も切れるかも!しかし思わぬところでアクシデント。前日食べ過ぎたため、35km過ぎでおなかが痛くなる。脚にはまだ若干の余裕があるものの、踏ん張りが利かない。おなかの痛みのほうが気になって、最後の坂は、そんなに苦しいとは思わなかった。おなかもなんとかもって、初めて国立競技場に帰ってきた。感動を味わう余裕もなく、ラストは3人争って同タイムゴール。ゴール後トイレに直行という情けないゴールだったけど、初めてかけてもらったタオルは優しい暖かさだった。ゴール後急に左足底筋に激痛が走り、医務室へ。筋肉の炎症だろうが、疲労骨折の疑いもあるとの所見。翌日レントゲンをとったら大丈夫だったけど。その痛みのおかげで、応援してくださった方々へ挨拶が行けなかった。それが一番悔しい。ゴールできたのは、応援してくださった方々のおかげなのに・・・。
完走した嬉しさよりも、簡単なミスで全力を出し尽くせなかった悔しさのほうが大きい。全力で2時間半切れなかったのならまだわかるが、なんか中途半端なレースをしてしまった。幸いびわ湖にもエントリーしている。今度は2時間半を目標に、頑張っていこう。とりあえずは、学生時代からの目標を一つ達成したことを素直に喜ぼう!
2004/01/18    千葉マリンマラソン    欠場
東京国際前の最後の調整走→前日の30kmでアキレス腱が痛くなって、大事をとって欠場した。
2004/01/12    香川駅伝    5区4.6km:14分36秒(区間3位)
香川RC遊A:森−白井−平森−松原(弟)−諸熊−松原(兄) 3位

やはり強かった、善通寺自衛隊。エースが怪我で主要区間を走らなくても、圧倒的な強さ。総合力でも勝てなかった・・・。
3位でタスキを受けるが、前が見えず。とにかく飛ばす。後半バテて、区間順位も3位と沈む。
監督胴上げの夢は、また来年に持ち越し・・・。
香川を離れてもうすぐ2年。もう知らない人もいるけど、それでもAチームを走らせてくれるのは、本当に嬉しい。
タスキを受けたとき、「RC遊」という文字を見たときには、本当に感情が込み上げた。
2004/01/01    市川市民元旦マラソン    5km15分51秒(優勝)
過呼吸発作で苦しかったけど、いつも争う速い人が来ていなくて、前半から一人旅でラクに走れた。表彰で自分以外みな高校生。そろそろ遠慮したほうがいいのかな?
中学の陸上部同窓会も兼ねているので、また来年も参加したいね。
2003/12/23    高松市長距離記録会   
仕事の休みが取れれば高松へ→行けなかった・・・。
2003/12/21    荒川大学対校駅伝   
オープン参加。するの?→しなかった・・・。
2003/12/20    東海大記録会    15.34.6
3.05-6.08-9.16-12.31-15.34.6

風が強くて寒いという最悪の条件。集団のペースが安定せず走りにくかったけど、でも15分30秒は切りたかった。ここからさらに仕上げていかないと・・・。
2003/12/07    奥多摩渓谷駅伝    棄権(チームは出場)
脚の痛みが治らず、付き添いになった。
チームは懐かしいメンバーが集まったけど、みんな学生の頃の体力はなく、途中で繰り上げ。でも、終わったあとのビールがおいしかったからいいや!
2003/11/30    つくばマラソン    2.34.37(陸連登録男子の部19位)
17.38-35.42(18.03)-53.48(18.06)-1.11.46(17.57)-1.29.37(17.51)-1.47.35(17.58)-2.06.24(18.48)-2.26.05(19.41)-2.34.37(8.32) half(1.15.38)
直前でjogが出来ない体調になってしまったので、完走目標の気楽なレースに切り替えた。リラックスして入ったら17分半に近いペースでビックリ!その後も気持ちよかったので18分前後で「まったり」走ってた。集団のペースが上がっても気にしない。だってすぐ追いついちゃうし。でも練習不足がたたって30km以降はきつかったぁ。これは走り込みで何とかしていこう!久しぶりにレーシングシューズで走って感覚つかんだ。国際マラソンは速く入らなきゃいけないから、それに対応した走り込みを!課題は浮き彫りに!あとは実行のみ!
2003/11/16    上尾ハーフ    1.09.24(陸連登録一般の部6位入賞)
16.12-32.34(16.21)-49.10(16.35)-1.05.48(16.38)-1.09.24(3.35)
人数多くて最初は転倒に巻き込まれるのが恐かった。
なんとか理想通りのペースで10kmまで。でも左足ももがしびれてきた(?)
後半は得意のペースアップも出来ずヒヤヒヤしながらの走り。
入賞にはビックリ!
シューズ、もう少し幅広のないかな。