あるくだっしゅ  
地域 : 京都    年齢 : 戸籍上57歳、精神年齢13歳、カラダ年齢34歳(タニタ計測)、体の硬さ75歳
一言 : 
ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*)           ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*)           ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*)           ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*) 
月日 距離 内容 タイム メモ
5/01 火 1.0   RUNなし。
ディーク更家風ウォーキングにて。けっこうカラダにこたえる動作だ。
最近の「健康ブーム」、いろいろな手法や理論が蔓延しているおかげで、「かなりヤバイ」的な格好をしたりポーズをとっていても、「ヘン」と思われることが少なくなっているように思う。ありがたい傾向だ。
5/02 水 7.0   東寺。
4時起床だったので、さっそく今から…とも思ったが、雨が降ることがわかっていたので遠出は控えて…(^_^.)
九条や堀川では、今日もたくさんの深夜バス。見るたび「ようこそ京都へ!」と思うのだが、今日は「よくぞご無事で、京都へ!」という感じだった(-_-;)
何を隠そう、かつてはわたしも深夜バスのヘビーユーザーであった。新幹線片道分で往復できる料金はさることながら、到着以降そして出発までの時間が有効に使えることが何よりの魅力だったからだ。
また、「一晩かけて」の旅情もなかなか…のものであった。
そんなわたしが利用していたのは、もっぱら「八王子−京都」を結ぶ京阪バス(西東京バスと連携)だった。予約係の人に希望シート番号を覚えてもらえるほどの使いようだった。懐かしい。JRや小田急もあったけれど、京阪のシートの乗り心地や対処はダントツ完璧であった。たとえば、京阪の場合、乗務員交代・休憩のSAでも乗客を降ろさず運行する。この徹底さが安眠を守るのだ。わたしの京都移住を待っていたかのように廃線になってしまったが、その偶然を含めて、「わたしの旅そして今」は京阪バスなしでは成立していなかったことを思うと、感謝の念に堪えない。
といいつつ、たった一度だけ、ブクロ発の3800円バスを利用したことがある。しかしそれは、完全なる「観光バス」の流用で、仕切りもマトモにない2連シートの隣には、肥満体のオヤジ。安眠どころか、「いちおう女性」としての心配もあって、目がランランのまま夜を明かしたものである。「いくら安くても乗るもんじゃない」と思ったことは言うまでもない。
そもそも、JRの在来線を乗り継いで行っても8000円弱はかかる行程をその半額で、ということ自体、どれだけリスクの高い行為であるかと思う。同重量・同サイズの荷物を宅急便で送っても、それ以上はかかりそうな価格である。要は「異常事態」なのだ。
昨今の不況や価格破壊…人々の間には、なんでもかんでも「安ければいい」という価値基準が蔓延しすぎているのではないだろうか。より多く、より以上の欲望を満たしたい気持ちは人間誰にもあることだが、正規の価格で対応できないのであれば「諦める」というのもまた人間だからこそできる、守るべき「美徳」なのだと思う。それが崩れた不健康な社会が、中国製の粗悪な100円商品のナベカマをフツウにし、化学合成のネタで寿司をクルクル回し、280円の牛丼をサラリーマン定番の昼食にし、結果としてそのツケを人々の「いのち」にもたらす。恐るべきことであると思う。
「誇り」「プライド」というのは、社会的立場や功績に対して用いられる、気取ったコトバのように思われがちだが、わたしは違うと思う。それは、お互いが「いのちを尊重し、人として生きる」ための最低限のマナー・モラルを維持するために発信しあう「信号」なのではないかと思うのである。正しい賃金で働き、正しい価格でモノを買い、食べ、遊ぶ。そのために必要な「あくまで人間として生きるための牽制・制御機能」としての働きこそが、真の意味での「プライド」「誇り」なのだろう。
それを捨てることは、「人としての死」を意味する。今回のバス事故においても、バス会社でありながらその責任を果たさず、人でありながら貨物同然の価格で運送されることを許した、その互いのプライドが失われた結果の出来事であるという見方ができるだろう。社長としてあるべき責任が果たせないならば、ムリなごまかしをせずに破産すればよい。失業保険を受けて職安に通うオジサンになるのは、恥ずかしくみじめなことかもしれないが、むしろそのほうが「人としてのプライド」を守り抜いたことになる、立派な姿であろうと思う。
誤ったプライドの行使が、人や社会を不幸や不安のスパイラルに陥れる事例はジャンルを問わず数多い。たまたまだが、その典型のような人間を、今まさに身近に見ているので余計に強く感じる。周囲がおとなしく、「牛馬のフリ」をしている(せざるを得ない)ことにも気づかずに。天罰は、必ず下る。神仏にすがるまでもなく、それが道理だ。
5/03 木 7.0   東寺、塩小路陸橋。
この陸橋には、本当にいろいろな思い出がある。何度か深夜バスを利用した人なら、誰でも同じような感慨を持っているのではないだろうか…。
5/04 金 54.0   奈良まで
この状態(体重・体調など)を前提にしても、この距離が出せることの素晴らしさというか怖さというか。
わたしが、50キロRUNを「フツウ」にできるようになったのは、2003年8月末の「真鶴旅RUN」にその発端があるようです。子どもの頃乗り方を覚えた自転車に、数十年のブランクを経ても同じように乗れるのと同じような感じで、わたしの長距離RUNは、すでに「カラダが覚えた運動能力」のひとつなのでしょう。
しかしまた、若いころに乗りこなした自転車ワザが、年齢を経たときには危険な動作となるのと同様、その実績を過信しすぎるのは良いことではないと思います。「できた/できる」の意識はほどほどに、改めての実力蓄積を確信できるような積み重ねが、今後に必要なことだろうと思います。それがうまく成立したタイミングで、デカイ大会にトライしてみたいと思うのであります。
5/05 土 17.6   六地蔵まで
RUNした分を帳消しにするような昼食をとってしまった(>_<)
しかし、かの「ハングリータイガー」を彷彿とさせる「俵ハンバーグ」や、かの「フォルクス」を彷彿とさせる「サラダバー」は、懐かしさもおいしさもバツグンでした。
六地蔵には、巨大スーパー(と、今も言えるのかどうかはわからないが)イトーヨーカドーがあることは、京都に暮らす前から知っていたが、今日ようやく行くことができた。
「あらゆるモノを一か所で」のスーパーではあるが、そこが元々「何屋」であったかによって商品の強み弱みに特徴があることはあまり知られていない事実であろう。イトーヨーカドーは、昔から「衣料品」に強い店だった。やりすぎて「公正取引法」にひっかかるほどだったかつての勢いが、今なお健在であることはうれしかった。
靴とシャツを、「じぶん的許容範囲内」の価格で買えた。その質感は、ライフやハナでは出会えない高さである。ちょっと遠いが、これからこのあたりを「ファッション系注目ポイント」にしようと思う。
5/06 日 1.0   全力疾走
ある意味「深い」、しかしある意味「所詮中途半端な上から目線」のDVDを見てしまった。1キロは、その後味悪く、発散のために走った分。
そもそも「叙景」とは、「景色」を文章に書き表されたものを指す。それを映像化することは間違っていたのではないか。
ちなみにこの作品の原作者は、栄誉ある文学賞の選に何度も落ち、自殺した人らしい。あくまで、「そういう視線が眺めた世の中」であることを念頭に置くべきだろう。
「心ある人には評価されている」との評があるようだが、「人間として生き続けたい」人には決して評価されないだろうし、評価されるようになってはならないだろう。
「閉塞感」「絶望」がキーワードになっているような現代社会には、それを前面に押し出した映画もウケるのかもしれない。しかし、「昔は良かった」「こんなはずじゃなかった」の裏返しのように、今を不幸・逆境と評価し、それをそのまま「でも仕方ないよね」「これが、人間だよね」というかのように押し付ける薄暗さは、ある面で人間の真実ではあっても、すべてではない。会社を解雇された青年が(故意か事故かは不明だが)死んでしまったことがむしろスッキリ感じさせられてしまうような描き方は、やりすぎであると思う。「人間の生」はそれほど弱いものではないはずだ。最後の最後に市電の中で「これから何とかなりそうな」展開を示唆するような風景を見せられても、それはもはや「映画として見せられている希望」でしかない。
人間をそのままに描こうとしながら、それを編集し一定の方向にデジタル表現したところに、この映画の失敗と監督の「人間というものに対する観察不足」そして、こうした人々を「下に見ている」尊大さがある。希望も絶望も、共にバランスを保って常に同時に存在するからこそ、人間は「生きている」。その微妙さをなくして、人間を描くことなかれ、である。
良い意味でも悪い意味でも、数年前に見た「夜向」を舞台とした映画以来の作品だった。
5/07 月 7.0   わたしの職場は、最も基本的な「企業としてのプライド」すら守れない、法規違反続々の会社です。
その現実が具体的に、わが身にも降りかかりました。
社員の人はみな、わたしよりもっとひどい。でも、それを表面に出さず、黙々と働き続けます。これほど強くたくましく、尊敬すべき人たちと、そして、我が身かわいさに保身に走り、狡さと卑怯さを反省なく展開する人間を、同時に見ることのできた時間はとても貴重なものでした。
一流企業でグダグダ言ってるレベルではない切実さが、「生きる」ことのなんたるかをヒシヒシと学ばせてくれます。
まことに、この世は、そのままが、地獄なのであり、そしてまた悟りの世界でもあるのです。
でも、わたしには「これでいい」「仕方ない」とはどうしても思えない傲慢さが残っています。といいつつ、所詮そこでしか使えない程度の能力しかないから、また今日もそこへ行く準備をしているのです。このギャップを、そのままに認めて受け入れ、グズグズ言いながら暮らすもよし、阿弥陀ちゃんはそんなわたしもきっちりお救いくださいます。
一方、そのギャップを埋めるために、無謀かもしれない策を練って邁進するもよし、愚かな努力であっても阿弥陀ちゃんはそれをしっかりお見守りくださいます。どちらを選ぶかは、わたしの問題なのです。
わたしにとって、もはや宗派教義は関係なく、阿弥陀ちゃんは「親」であります(図らずも真宗では、阿弥陀ちゃんを「親様」と呼ぶそうですが)。
何かを間違えようと、「まったく、しょうがない子だね、こっちへおいで」というのも親ならば、「しっかり頑張ったね、よしよし、こっちへおいで」というのもまた親であります。しからば、わたしは最後くらい「褒められる子」となって浄土へ赴き、より近くで親様にまみえたい。そうなるために、今を生きたい。かように思うのであります。
その価値観に立って、冷静に今後を考えたいのであります。…おおよそ、「なめんじゃねぇよ!」で早々に退職するのが正解であろうと、考えているところです。
5/08 火 7.0   東洋学特殊研究U試験回答準備。「院生は在宅試験」ということを「ラッキー!」と思っていたがトンデモない。回答期限約1年、資料取扱い自由自在の条件は、あらゆる意味でむしろ「会場試験」よりキツイ(>_<)
しかし、当初「こんなのぜってぇムリムリ!」と感じたはずのテキストの内容は、今ではすっかりマスターされ、レポートではホメホメのA判定が出た。それを支えに、がんばるのである!(-_-)b
「やれば、できる」は、ある限られた範囲内(自分の適性・能力・環境条件)においては正しいことであろう。未だ五里霧中の世界だが、RUNでサブ3を狙うよりは、はるかに実現性の高い可能性を秘めていると思う。
職場の仲間が、とある「正社員採用試験」に挑戦するという。職安からも「年齢的に絶対無理です」と言われ、かつ試験には本人が一番苦手な「小論文」まで課されるというものであるにもかかわらず、「玉砕してくるわぁ〜」と笑っているその姿に、心から敬意を表するとともに、わたし自身、見習うべきところであると大いに励まされた。
世の中は変わる。仕事も、それに必要なスキルも変わる。今や、電車の運転手や車掌として女性が働くという、つい20年前まではあり得なかったことがごく普通になったように、10年後には50代・60代がその経験や知識をもって第一線で働く世の中になることも十分起こりえることだ。
それでなくても電気が足りないだのなんだのと言われ始めた昨今、「電気なければタダの箱(または、タダの板)」のIT機器に頼り切って「仕事をさせられている」ことにも気づかずに調子に乗っている若い人々のほうが使いモノにならなくなる可能性もあるではないか…(^。^)ヌハハハ。と、そこまで退行的なことを持ち出さずとも、年金やら何やらで「中高年層の存在」が問題になりはじめた今、世間がこれらの世代にキラビヤカな価値観をもたらし評価せざるを得ない状況に追い込まれることは必至なのである。虚構であれなんであれ、こういうときマスコミってやつは頼りになるだろう。
「今の必要」が永遠に続くとは限らない。逆もまた真なりなのであって、「今の不要」がそのまま続くとも限らない。これぞ「諸行無常」なのである。そのような時の流れの中で必要なのは、冒頭の彼女のような「じぶんのまま、時宜に応じてできることを試し続ける意欲」なのだろうと思う。
彼女の「無謀」に便乗して、わたしもひそかに企てていた「無謀」を実行してみようと思った。ただしそれは、あくまでじぶんにとって「射程距離内」と思って差し支えないと思われる範囲での「無謀」である。
生きている以上、「活きてやる」。ここで躊躇していたら、負の遺伝子情報そのままの人生になる。この血筋系統の「終止コドン」として、「本来何ができたのか」を少しでも実現させてみたいのである。
渡部篤郎が出ているからと言って、コメディみたいな連ドラを見ているバヤイではないのだ。ヤバイのだ。
5/09 水 7.0   朝RUNの時間帯に「開いてたらいいのになぁ」と思うお店がいくつかある。
今日の場合、「負野薫玉堂」。今一番のお気に入りの香「京のせせらぎ」がなくなったからだ。
松栄堂製・名香「堀川」は、甘ったるくてかなん。(しかもアホみたいに高額)
京都では、まちのそこここで「香」の空気が漂う。
この時間帯のそれは、ほとんどの場合、地域のお地蔵さんにお供えされる香がもたらすものだ。
この習慣は、各自治会とも当番制で守られ続けているという。ささやかな暮らしの中に根付いたささやかな「祈りの光景」である。
「狙って作られた」ような施設や店舗に「京都らしさ」を語る人は多いが、実はこうした空気こそが、真の「京都らしさ」というにふさわしいところなのだろうと思う。
「通販感覚」というものは恐ろしいものである。24時間、PC画面で商品情報が閲覧でき、クリックひとつで購入手続き完了。あとは自宅に商品が届くのを待つだけ…という仕組みに慣れてしまうと、「わざわざその場所に買い物に行く」という動作が、なんだかすごく無駄な時間のように感じられてしまうのである。行ってみて「なかった」てなことになった場合などなおさらだ。
元々、「買い物を楽しむ」という趣味的感覚を持たない性格なので、気が付けばかなりのモノを通販に頼っている(頼ろうとしている)のだが、そんな感覚を唯一制御するのが「送料負担」の発生だ。薫玉堂も通販はあるのだが、歩いても15分かかるかどうかの距離にある場所のモノを買うのに数百円の料金がかかるのはバカバカしすぎるから、出かけていったほうがいい、ということになるわけである。
そこで次に問題になるのが、「営業時間とじぶんの時間的都合」。午前中は、極力ギリギリまで勉強したいし、午後からはバイトのあとご飯の支度やら何やらで数分の時間も惜しいところだ。そんな中で、再び「京のせせらぎ」を入手できるのはいつの日か?(-_-;)
「あぁ、早朝営業しててくれたらなぁ…」と、ほぼ毎日シャッターのしまった薫玉堂を通過するたび思う次第である。
5/10 木 0.0   ギャァァァ〜(゜o゜;)
気が付けば7時過ぎ!
でも3時間くらいしか寝てないからしゃぁないわ。
寝不足、というのとは明らかに違う、なんだかカラダの中に「よくないモノ」が停滞してる感。
RUNするかしないかで、微妙に違う体内感覚がある。
ホントは「ちょっとだけでも」というところだが、「SKT4題」翻訳の壁が厚すぎる(-_-;)
東洋学特殊研究U試験、送信完了。昔なら、指定原稿用紙に清書して、封筒に入れて郵送するか、直接持ち込むかの方法しかなかったはずが、最近はファイルを添付してネットで送信OK…便利な世の中になったもんだ。
なんでも、最近の大学のレポートなどは、ワープロ文書でないと受付すらしないところもあるそうだ(京大とか)。手書きには手書きの魅力があるのに、それを一切禁止されてしまうのもなんだか寂しい気がするが。
それにしても今回の課題、もともと興味などまったくなかったのだが、やリ終えてみると、これぞ「仏教の真の原型」に接近する、最も現実的で科学的な方法論であるということが分かった。「やってみてよかった」というより、本質的に「やらなければならない」ことであったように感じている。
この分野の研究方法としては、海外へ赴き、膨大な資料を精査・整理し、テーマを持った分類をする…という、まるで「会社員事務作業」のようなものが基本であって、まさに「昔取った杵柄」的なところを存分に生かせそうなところでもあるのだが、根本的な基礎能力であるところの語学力がないことがイタイ。将来的に、どのような研究分野にはばを広げるにしても、語学力は必須なのだ…。
正直なところ、「放り投げたいNo.1」のSKTもまさにそのひとつ。ウントコドッコイショ、で、「やっぱりやってよかった」といえるようになるまで、頑張っていかねばねばねばーギブアップ!なんである(-_-;)
5/11 金 3.0   距離は、ぶだはっ自転車往路分換算。
思い切りの悪さ(失敗することを恐れる)というのは、プライドが高いからだ、とよく言われる。
あまり良い表現ではないと思う。
突き詰めればそういうことになるのかもしれないが、その前に、「臆病」とか「恥ずかしい」とか「自信がない」とか、そういう言い方もあるだろうと思う。
5/12 土 6.6   ようやく薫玉堂、龍谷ミュージアム
少しばかりウラ事情を知る者としては、今回の展示会並びに今後の盛況を祈るばかりです。
「仏教の来た道展」が開幕した。休日の昼間というのに、人もまばらでさびしい限り。こうしたテーマへの関心がいかに低いかを知らされるようだ。
かくいうわたしも、つい数か月前だったら前売り券を買ってまでスタンバイする意気込みはなかった。「ご縁」というのは、まことに不思議なものである。
5/13 日 17.0   東寺界隈並びにウオーキングにて三室戸寺など
開店間近だから慣れていない面は差し引くとしても、この京都では間違いなく「存続が難しいラーメン屋」に遭遇した。
ただし、京都で一番マズイラーメンとして不動の位置を獲得しているのは「アソコ」であるので、ちょっとはマシかも。
10年ほど前から、「石けんしゃんぷー」を使用しているが、体調や気候により「合わない?」感が生じることがある。よって、いかに「余計なモノが入っていないシャンプー」を入手するかというのは、常にわたしの小課題でもある。
そんな折も折、ふとしたきっかけでとある商品の情報を入手し、さっそく伊勢丹で現物確認をしたのだが、「原産国アメリカ」という記載に、一気に購入意欲が失せて退散した。日本の一般市場に出回っている以上、そんなに気にするようなことでもないのだろうが、なんとなく抵抗を感じてしまうのである。
5/14 月 0.0   「また自動車が突っ込んだ!」な事故。
TVでは、「どうしてこういうことが続くのでしょう?」と、もっともらしいコメントが相次ぐ。もし本気で言っているのなら、この人たちにコメンティーターなる肩書きを語る能力はないことになる。
「続く」のではなくて、こんな事故は日常茶飯事、いつでもどこでも頻繁に起こっている。それが「TVニュースに取り上げられるか否か」の問題に過ぎないのである。今回の場合も、あの祇園事故が引き金になり、以降、おそらく通常なら話題にならない程度のレベルの事故までがクローズアップされているに過ぎないのである。
こういう時、本当に注意しなければならないのは、そうした報道の陰で、実はもっと人々に深刻な政治問題や社会問題が、たんたんと処理されているかもしれないという事実である。
5/15 火 0.0   うわぁ〜!「雲ヶ畑」を忘れていた!
サフィニア未入手の件といい、今年は「花」とちょっと疎遠である(-_-;)
昨日あたりから、どうでもいいタレントの痴話ゲンカが話題に。ガレキ問題はどうなった?
こういう時、「女に手をあげるなどというのは最低だ」という言葉がよく聞かれる。事故やトラブルでも、「オンナ子どもは先に助けろ」は健在。…ここには、理屈ではない本能的な思いが働いているということか。
なんだかんだ言っても、「オンナ(こども)」は、弱く、守られるべき存在として変わることのできない根源的な要素を備えているのだろう。つまりこの現代社会、「女性」というのは矛盾する二面性を抱えながら生きていることになる。このことは、よくよく緊張され、自覚されるべきポイントであろうと思う。会社などで、通常は「男と同じ」を主張しながら、いざとなると「オンナだから」を盾にとって論点を挿げ替える女性が多くなってから久しいが、まったくもってみっともないことである。
しかし…昔から考えていることなのだが、本来の「生存力=強さ」というのは、むしろ女性のほうが圧倒的なのではないだろうか。弱く見えるのは、「いかに長く、力を小出しにするか」の制御機能が働いているからなのであって、実際には男性のほうが「か弱い」面が多々あるように思う。「妻に先立たれるとあっけなく夫も後を追う(逆の場合妻は長生き)」というのはよくあることだし、あの富士登山競走でも、中途でボロボロになって倒れているのは男ばかりだった(女性はそうなる前にリタイヤするか参加していない)。要は、見境なくエネルギーを放出してしまう点で「オトコは弱い」のである。
長い歴史の中、そうした「事実」を逆転させるために、制度や習慣をもって「オンナを押さえつける」仕組みが厳守されてきたのかもしれない。てなわけで、将来的には「男コドモが先だ!」「男に手をあげる女は最低だ!」なんていう風になることがあるのかもしれないね。
5/16 水 11.0   東山界隈。
「久々やん!もっとたくさん来なはれ!」と、阿弥陀ちゃんにジト目で見られた(-_-;)スンマソン。
ネットのニュースというのは、TVでは報じきれない細かなところをしることのできる利点があるが、中には、公募ライターなるものが趣味や主観に任せて好き放題書いているものもある。
これまでとはまったく逆の意味で、注意しなければならないだろう。
そんな範疇のネット記事からひとつ…なんでも最近、バブル期入社の40代社員が「会社のお荷物」になっているらしい。クビになるほどの大問題を起こすことはないが、たいした能力もないくせに人の言うことにいちいち反発的であったりするという。彼らは、「ただ地道に頑張れば報われる」という思想のみに支配されていて、このスキル重視の社会には厄介な存在なんであると。ふーん。
しかしねぇ…そんな40代世代が「バリバリ若手社員」であった頃にも、それより年長の頑固で保守的なオヤジたちは、上記とまったく同じ印象をもって、十分扱いづらい厄介な存在であったのだよ。それに迎合したり反発したり、しかしそんな中にも「学び」を獲得しながら、今の彼らがあるというわけ。つまり「時代は繰り返している」のである。
たまたま、教育やトレーニングの環境が整い、PCやら英会話やら諸資格やら、「今必要なものが身についている」だけのことを盾にとって、違う世代のことを云々ぬかすのは、ちと早計じゃないでしょうか。どれだけ「できる」つもりでも、いずれ自分たちも「邪魔な存在」とされる程度の現実を生きているに過ぎないのだという緊張感は捨てないほうがよろしい。かつての「特殊」「斬新」が、時を経て「普通」「常識」になっている事例、また、かつての「普通」「常識」が今になって「誤り」「古い」となっている事例は余りあるのだ。ムフフ。
40代の厄介社員たちよ、ガキどもの浅はかで生意気な評価に翻弄されることなく、これまでやってきた自分に自信をもち、しかしそれに固執することなく、自分なりの「社会との接点」を見失わず頑張ろう。わたしたち世代の「最も頑張っている/頑張れた時代」は、大きく社会的・仕事的価値観が変わろうとする「過渡期」であった。混沌とする中をそれぞれ自分なりに働きぬいてきた誇りを忘れてはならない。
5/17 木 7.0   阿弥陀ちゃん、ゴメン!
時間不足でこっちのコースでした。
先回りして帰宅しないと、お風呂掃除をされてしまうので(ジャバができない!)、アセっていたのです〜(^_^;)
どこまでもどこまでも、開かれていなければならない、否、元々そういう性質であったはずの仏教は、どんどん「選ばれた者」「恵まれた者」のみの枠組みの中に押し込められる。
本当に救われなければならない人はその下にすがるしかなく、しかし上に立つ者は彼らの何を心から理解できるのだろうという素養を、もっともらしい理屈や言葉でごまかすだけになる。
組織、世襲、形式…親鸞ちゃんが望まれた世界は、こんなものであったはずがない。
真宗では数年前から、親鸞ちゃん自筆(らしい)「安穏」という文字がペーパーバックやら団扇やらに印刷されてふるまわれている。当然、僧侶たちにとってもこの言葉は、「わが宗派の目指すところ」としての旗印なのだろう。
しかし、彼らにとっての「安穏」とはもはや、自分たちが暮らす寺院やその組織において生活できていることに対する「安穏」でしかないのではないか。いわば、「シャバ世界における立場上の安穏」なのである。…この問いを実際ぶある僧にぶつけたが、話をそらされたことがある…図星だったのかもしれない。
明治の初期、真宗の教えを我がものにしたいと決意し、旅に出た三田老人という人がいた。行く先々で、「篤信者」との評判高い人々と接触し、その教えを乞うて歩いたのである。
そんな中、ある老女の信者から告げられた。「おまえさん、旅を続けて、"これぞ"というものが見つかったならば、その時はご開山様と仏縁が切れたと思いなされ」…要は、真に「これぞ」というものを得たときには、宗祖親鸞聖人も組織も、あなたには関係のないことになる、ただひとえに、「じぶんと阿弥陀仏との関係のみになる」ということなのである。不思議なことに、ここまでの宗教体験を獲得したのはほとんどが、文字も読めないような農民など、ただの一般庶民なのである。僧侶組織の組み立てた儀礼や形式など、吹き飛ばすような「生きるたくましさ」が、彼らにはあった。しかるに、「妙好人」と呼ばれる彼ら篤信者のような存在が多く現れるために、今の宗派組織はむしろ逆効果の体制を持っていないか。まったくの部外者ながら、そのもったいなさを歯がゆく思う次第である。
宗教体験の最たるものは、あくまで「その個人の一生」のみに限定される、ある意味では直感的かつ神秘的な表現不能の世界の獲得である。親が言ったから、組織についていれば、というような「かりそめの安心」の中に得られるような簡単なものではない。世襲も伝授も不可能なはずのものを、それをもって「組織安穏」を構築しているわけだから、宗派組織なんぞというものは、結局その根源から誤っていることになる。
ちなみに、件の三田老人は旅を終えた後、西本願寺にほど近い場所に「ふでや」という旅館を経営し、「本山にお参りになる人たちの助けになれば」と、余生を送った。今、その場所は、単なる「マンション」となって後に引く継がれている。先祖と子孫の「思い」は、断固として受け継がれ続けるようなものではないことを、象徴的に示す姿であろう。
5/18 金 3.0   原始仏教研究…いわば「仏教を科学する」の先駆けとなったオルデンブルグの著作を読んだ(もちろん翻訳版)。
その指摘は、「抱腹絶倒」ともいうべき個所も多いが、ある点においてひじょうにショッキングな見解もあり、複雑である。ことと次第によっては、昨日の記事を撤回するほどに。
まぁ、100年も前の書籍であり、以降細かい部分について反論や批判的指摘も多いものだから、これを丸ごとウノミにして落ち込むこともないのであるが…。
何にせよ、仏教における「真理」そのものと、その展開である教説や組織論は、切り分けて考えていかなければならないということはよ〜くわかった。
その意味では、やはり名著に接触したことになるだろう(-_-;)フ〜ッ。
折も折、先日の京都新聞(だけじゃないと思うが)に、あのバーミヤン破壊を招いたタリバンの長官が、「あれは間違っていた」と陳謝したとの記事があった。貴重な文化財を破壊した罪は確かに重く、この反省はアタリマエのことといえるだろう。
しかしその陰で、このバーミヤン破壊に象徴される一連の混乱があったからこそ、仏教学研究は飛躍的に進展したという事実がある。あくまでその意味においては、「タリバン、よくやってくれた!」と言わざるを得ない功績であるわけである。皮肉なものだ。
どんなことにも、「進化・発展」の裏には、何らかの犠牲や抑圧があるものだ。産業や社会制度の発展はもちろん、一個の人間の中にも、そんな葛藤はゴマンとある。敢えて言えば、あの大震災もいずれそんな価値観をもたらすようになるだろう。「知らずにそのままでいる幸福」というものがあることを考えるとき、まことに複雑な心境になる。
5/19 土 0.0   淡路島。
「島」という感じがしない。要するにデカイ。
「海のあるまち」には、どこにも共通した「空気」があるものだと思う。遠い西の海でありながら、そこに房総があり、湘南があり、伊豆があり…まことに良い景色でございました。
琵琶湖分の土地が飛び上がって、ドーンとひっくり返って瀬戸内に落っこちたようかたちをしているのが淡路島。とある少年は、授業中にぼんやり眺めていた地図帳でそのことに気づき、それをきっかけに地球や天体に興味をもち、東大へ進んで今、宇宙を舞台にした仕事をしている。はて、わたしが同じ時期に同じことに気が付いたとしたら、同じような現在に至っていたであろうか?言うまでもなく答えはNOである(^_^;)
おおかた、「ムー」的な解釈をして、とんでもない予言者やら宗教者になっていたに違いない…と思うと、30過ぎてその話を聞かされ、アニメチックにその光景を想像してニヤニヤする程度であって良かったと思う。
…そんなこともあって、「琵琶湖」と「淡路島」は、わたしにとって常に「比較対照的な存在」なのであるが、さて、RUNでそれぞれを1周するとたくらんだ時、「どっちが先かなぁ?」となると、距離的にも心情的にも「淡路島!」となりそうである。全般的な景色もいいし、おいしいものもたくさんある。「1周」などと決め込まずに、そのまま直進して四国上陸!なんてプランもいい。
今回は、いい「下見」になったというわけだ。…それにしても、「生しらす」はうんめーかった。こんなことなら、江の島でもバリバリ食べておくんだったかな。
5/20 日 7.0   午後から、「ぶったん」のパレード。
祝☆佛教大学、開学100周年!
学長もぶったんと一緒に赤いオープンカーに乗って進んでいたが、もし「学長」でなかったらこんなことは絶対していないだろうなぁ(という性格であると思う。もともとバリバリの学者だし)…と思うと、なんだか気の毒な気がしないでもなかった。
それに、後ろに続く学生は、「ただ歩かされているだけ」という風で、「これはイベントなんだ!」という意気込みにかけていたような気がする。「かたちとしての規律・協調」のようなものが排除されているらしい昨今の教育環境を反映したようなところは、逆に興味深い光景であった。
もとより、佛教大学というゆ〜ところは、通学生よりも通信生のほうが、その数もエネルギーもデカイ気がする。間違いなく大学の歴史を支えてきた存在であるはずなのに、このイベントのアナウンスが通信生に対してまったくなかったのは遺憾である。それさえあれば、スタッフボランティアも沿道の応援も、行列への参加ももっと活気あるものになったに違いないと思うと残念至極。じいちゃんばあちゃん、おじさんおばさん、そして若い人、すべての人に開かれた素晴らしい学び舎であることの絶好のPRチャンスであったのにね。
5/21 月 4.2   金環日食見物。
梅小路公園にも、人がワラワラ。
多くの日本人が「空を見上げた」朝。TVでも、各地で日食グラスを片手に歓声をあげる光景が映し出されていた。今は、ビデオや写真が、人々のすがたそのままを記録する時代だが、これが江戸時代であったら、北斎や国芳などが、日の満ち欠けなどそっちのけで、人々の姿を面白おかしく描き出したに違いない…そんなことを考えていたら、ふと木陰に隠れて、筆を走らせているちょんまげの男の人が見えるような気がした。「まったく、いつまでたっても人間てぇやつは変わらねぇもんだね!」なんてつぶやきながら、子孫たちを愛おしく眺め、描き写して…
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「震災」に恐れ慄き「下を見て」過ごしていた人々。その1年後、「同じ自然現象の驚異」に対して、今日は皆がワクワクし、感動しながら「上を向いた」のである。ある意味、ひじょうに感慨深いものがあるように思う。全国が空を見上げた今日は、どこか「復興へのエネルギー」を象徴的に示しているようにも思われた。自然は恐ろしいが、しかしやはり美しく偉大なものだ。また、その中に生きる人々も、時に浅ましく醜いが、しかし優しく素直で美しいものでもあるのである。
5/22 火 7.0   「しゅ〜る之助シャンプー探し」の道のりは険しい。
しかし、仏典研究よりははるかに楽だ。
「効果」より、「安全性」をポイントに。トラブルの危険性が低ければ、それはすなわち「効果」なのであって、少なくとも「自らが持つ運命的な変化」を悪い方向に加速することはないだろうという視点での探索である。
わたしはかれこれ10年以上「石けんシャンプー」を使用しているので、それを一緒に使わせればいいのだが、しゅ〜る之助にはそれが適さないことがわかっているので、別のモノを…となるのである。ここ5年、薬剤師の勧めで使わせていたシャンプーに、とんでもねぇ成分が含まれていることが発覚し、新商品探しに乗り出したという次第。
あちこちお店を探し回らずとも、ネットで情報は十分入手できる事情は喜ばしいが、「全成分表示」として示された、「○○酸」だの「○○チン」だの「○○リン」だの見せられても、なにがなんだかワケワカメ。
畏れ多くもこのあるくだっしゅ、高校時代には「水兵リーベーボクの船…」の元素表やアミノ酸塩基表をすべて暗誦していたくらいの知識は持ち合わせておる。すなわち義務教育以上の高等教育を受けている人間が理解できない情報というのは、真の情報といえるのかどうか!結局、多くの人は、こうした広告の「○○フリー」やら「お客様の声」やらの簡単なイメージで判断せざるを得ない状況に追い込まれているわけで、まだまだ「消費者はなめられている」という感じである。
てなわけで、広告に掲載された「全成分」のいちいちについて、「それが何であるのか」を調べることにしたわけだ。「薬品名」ではワケワケメであっても、その実それが「防腐剤」であったり「界面活性剤」であったりすることがわかってなかなか有意義である。
仏教研究にはまったく関係ないが、「真理を探究する」という意味では、その性質は同じである。…という口実で、少し時間を割いてみる(^_^;)ニャハ!
5/23 水 7.0   「がんばれ」「けっぱれ」「がんばって!」…日本中が応援しています!
…震災復興のメッセージCMかと思いきや、「半美人程度のおねえちゃん」が出てくる、「多重負債解消」の弁護士事務所のCMだった(-_-;)
欲望のために身の程知らずの安易な契約をし、行き詰ったら「弱者/被害者」で救済の対象に?
…イイ時代になったもんだと思う。実際のところ、嘲笑する人は多いが、「頑張れ」なんていう人はそんなに多くないと思う。
自殺、夜逃げ、離婚、一家離散…かつての借金地獄の行く末には、このような不幸な選択肢しか与えられていなかった。そんな運命を辿った彼らが、今の状態を知ったらどんな風に思うだろう…当時、このようなかたちでの「借金の失敗」は、他人様に顔向けできない「恥」であり、誰にすがる術も教えられないまま「自己解決」するしかないことであった。この時代から「出資法と貸金法の矛盾」は厳然としてあったにも関わらず、これをもって「仕事」をしようとしてくれる弁護士のPRなど、どこにも存在しなかった。
昨今の「多重債務者救済」は、かつての「恥」が「恥」でなくなり、かつ、そういうことが「ビジネス」として成立するほどに、対象者が増え一般化した問題となったからなのだろう。
「いわゆる社会的弱者」となった者に世の中がやさしさを持った…といえば聞こえはいいが、「一個の人間として生きる責任」というところに視点を変えると、今と昔、どちらが「健全」なのだろうか…と思われてならない。欲望のままに好き放題やって失敗しても、「弱者/被害者」として全面的に救われる…中には、こうしたシステムに甘えきり、「元金まで帳消しにしろ」と主張するバカがいると聞く。こうしたことはサラ金だけでなく、今やあらゆる分野に蔓延している「人としての問題」であるように思う。
「甘え」の行為とその結果をそのままに、苦しい・つらいと叫ぶ人間に「頑張れ」はないだろう…あのCMから受ける違和感は、そんなところにあるように思う。
貧しく苦しいながらも等身大の生活を地道に過ごしている人、いくつかの失敗を経てもその責任を自身に背負って乗り越えた人…そんな人にこそ、全国の人からの「頑張れ」「けっぱれ」は振り向けられるべきコトバなのである。
5/24 木 0.0   国民年金や健康保険料。誰もが、払わなくて済むならうれしい毎月の高額出費だ。わたし自身、怪舎員時代の「天引き」と違って、リアルに銀行口座から引き落とされるようになってから、そういう思いをすることはしばしばある。だいたい、わたしらがその歳になってもマトモにもらえるとは限らないものだし…しばしば巷から、「支払停滞」「減免申請」の話を聞くと、そんな方法もあるのか…と思うが、いやいや、少なくとも「払えるだけのものがある」今のわたしが、それだけはやってはならないだろうと思い直す。それが、現状わたしの最低限の「日本国民としての報恩の証」なのだから。
そもそもわたし自身、生活保護や授業料免除、奨学金…「なんで俺が/わたしが」という思いの多くの人々から削り取られた税金で、10代の時代を生かしてもらった人間である。
それだけを考えても、まだまだ頑張ってこの国に報いなければならないとも思う。
なんだかんだ言っても、まだまだ治安も良く、平和で豊かなこの国…税金も、その他社会保障料も、そういう国に暮らしている「家賃」だと思うのである。一般にも、セキュリティの高い清潔なマンションの家賃は高額ではないか。それと同じなのである。
…と、とある席上でぶちかまし、どえりゃ〜役員様や後輩たちやホステスさん(?)から一斉に拍手を浴びた、過去の言動への責任もある。
まだ若いころ…年金というものは、そのすべてが自分の将来に向けて、国が代わって貯蓄してくれているものだと思っていた。それが間違いで、今支払っているものは「現在のジイちゃんバアちゃん」に渡っている…というシステムであることを知った時は、正直に言ってちょっとガックリしたものである。
しかしよくよく考えてみると、今、年金を受けている世代のほとんどは、直接・間接、また多少の差はあれ、あの戦争の世の中の影響を受けて人生を翻弄された人々なのである。個人や家族なんて小さい事情ではない、もっと大きな制限や抑圧や被害の中で、若き日を生き抜いてこなければならなかった人だらけなのだ。それでも、くさらず、負けず、地道にやってきていただいた結果として、今の「自由」「平和」という恩恵があるのだということを思えば、次世代のわたしたちはそれに対して、「慰労」「感謝」の気持ちを存分に表すべきではないか。それが「年金」という制度で実現しているのであると解するほうが、「国民の義務」としてすんなり受け入れられるものとなる。
そういう風に考え方を変えれば、わたしたち世代に年金受給の可能性がなくなったとしても、それはそれで仕方がないと思える。年金制度のために「少子化対策」などしたところで、「お子様扱い」でチヤホヤされて育った人間に期待できることがあるだろうか。むしろ、それぞれが力の続く限り働き、「屋根があればヨシ」の家で、「裸でなければヨシ」の服で、「飢えなければヨシ」の食で、なんとかやっていく…という、発想の転換こそ必要なのではないだろうか。それでもどうしてもやっていけない場合に、今すでに存在する細かな社会制度を充実させていく方が、人間の一生を通じて「やれることはやる」「どうしてもできない」の整然とした切り分けの自覚および恥の行使、すなわち「わたしが生きる/生きた」ことにつながっていくのではないかと思う。
年金もアテにならず、親の遺産など全くなく、多少なりとも頼りになるはずの子供もなく、「じぶん一本勝負」の老後人生を送ることになる覚悟をわたしは早々に決めている。それがどのようなものになるかの因は、既に積み重ねられ、また積み上げつつある。学問もRUNも、それが「より良い方向にいく一助」になっていれば良いが…と思う次第である。
いかようにあっても、阿弥陀ちゃんがわたしをお見限りになり、遠ざけるような生き方だけはするまい。南無阿弥陀仏。
5/25 金 20.0   久々、ゴールデンコース
この後、ぶだはっに缶詰(*^。^*)
市バス206番、わたしが乗る数本前のやつが事故ったらしい。見た限り大したことはなかったようだが、「乗らなくて良かった」と思う。千本北大路のローソンで光熱費とかの支払いをしたら、領収証片を真っ二つに千切れたまま渡されてたことに図書館に着いてから気づき、残片を取りにわざわざ戻った。「無駄な時間」と思ったら、そのタイミングで教授先生にバッタリ!という幸運。…その他もろもろ。
「アンラッキー」が「むしろラッキー」に、その逆もまたアリ。細かいことも、大きなことも。
5/26 土 0.0   舞鶴。引き揚げ記念館
ついでに、舞鶴の自衛隊の港や海軍博物館も。
いずれからも、「平和」というものを深く考えさせられた。
訪問を長年待望していた施設、期待を裏切らない重みをじた感じた。
「これが祖国だ 舞鶴の 松のみどりが 瞳に沁みた」…三波春夫のうた。なんでもないような言葉のつらなりの中に、万感の思いが伝わってくる。三波春夫がシベリア抑留を経た引揚者であったということは、衝撃であった。ほかにも、多くの漫画家や芸術家が、その当時の状況を作品を通じて訴えていた。彼らの後半生の活躍を思うと、人々や社会に喜びや感動をもたらす才能が、どれだけ戦争によって失われたのかと残念である。
昭和33年に終わってしまったという引揚船事業。最後の一便までに、「乗るべき人」はすべて乗船でき、帰国できたのか?なんてことを考えると、怖くなる。また、ボロボロになって下船してくる人々を迎える女性たちが流行の「パーマネント」などをしている姿を映しだした写真を見ると、同じ日本人でありながら「そのとき、どこにいたか」ということひとつが、大きく運命を変えたことを思い知らされる。「遺骨」となって帰国した兵士たちが、地元の女性学生によって抱かれ、ひとりずつ下船した「はからい」は、何とも言えない切なさである。
戦争はよくない。起こってはいけない。
でも、平和を守るためにどうするべきか、ということについては、「一個の人間レベル」で考える場合と「国家単位」で考えるときでは、矛盾する現実を突きつけられるものなのである…「平和」ということのむずかしさ、答えの出ない現実を、舞鶴の「今」は考えさせてくれると思った。
5/27 日 8.2   史上最悪の「食あたり」
まさか「ラーメン」でそれを体験するとは(-_-;)
いわゆる「京都ラーメン」とは一線を画した感のある新規切込み型の味を呈する某店舗。「食べログ」などを見ると決して悪いようには書かれていないのだが、「煮干しの濃厚な出汁」とか言っても、それはスプーン山盛り2杯の「粉」が醸し出すものであって、決して正当なダシではない。「背油普通」にしてもてんこ盛りモードの油の味と中和させるために全体として濃い味付けになっていると思しきスープ…つまるところ、過激な化調とアブラにやられたらしい。
観光客の人には、これが「京都のラーメン」とは決して思われたくない。
5/28 月 0.0   思わぬ成分のアレルギーによる被害者問題が騒がれている最中の「洗顔せっけん」のCMに出演していた女優が、今度はサプリの宣伝をしている。使う側も使われる側もどういうつもりなんだろう。
「生きていくため」「仕事だから」というのは、昨今しばしば耳にする「カッコよく聞こえることば」だが、それをはき違えている人間が多いように思う。
藤山寛美さんは、どれだけ高額ギャラのオファーが来ても、「自分が本当に使ってないモンの宣伝なん、ようしません」とCM出演を悉く拒否していたという。50も近いあの女優にも、そのくらいのプライドを持ってほしいものだ。
とまぁそれはさておき、シャンプーや化粧品などの成分について、「口にしているものだから」「自然のものだから」ということを謳い文句に安全性を強調している商品にも、落とし穴があるのだということを教えてくれたのがあの洗顔石けんだった。これらは、発ガン性だなんだのと「化学物質」を批判した上に成立しているのだが、現実には、そういうメーカーが引き起こす深刻な健康被害や虚偽(ごまかし)表示などのほうが多いのではないだろうか。
極論すれば、毎日の食事でパンもうどんもお菓子も食べられなくなるような毎日を送るくらいなら、将来的に「ガン」になるかも?という方がマシなのではないかと思う。恨みつらみはあれど、「ガン」であればそれはほぼ「死」に直結するわけだから、諦めも早々につくというものだ。
要は、大メーカーの作る商品も、小さなこだわりメーカーのつくる商品も、総じてみると、効果や危険性にはさほどの差はないのかもしれない。
5/29 火 0.0   「呪われたラーメン」の毒気は、抜けたようだ。ウソのようにお腹が軽い。
もしかして、贅肉が減った?とワクワクしたが、つかんでみたら今まで通りだった(-_-;)
やはり、シェイプアップには地道な努力しかないのねん(-_-;)
ある(元)ボクサーによると、本来の体重から8%減量すると、ナントカアウトという現象が起きるという。反射神経や判断力が鋭敏になり、もちろん身のこなしも軽くなるということだ。自身にも過去、経験のあることであり納得できるものである。今のわたしにとって、その効果はRUNに…というよりも、学問研究について必要な資質であるのだが、それを達成するためには結局RUNが必要ということになる。達成できれば「一挙両得」なわけで、ぜひ頑張りたいものだと思う。
5/30 水 0.0   原始仏教教団のせいで、RUNできなかった。
「戒律」というと聞こえはいいが、その実、本来ひとつでよいはずの「規則」が、時代や派閥によっていくつにも解釈されたり表現されたりしている、ある意味実に曖昧でエーカゲンなものなのである。仏教教団なんぞ、最初の最初から、エゲツナイトコロであったということが言えるのかもしれない。
『パーリ律』『四分律』『五分律』『摩訶僧祇律』『十誦律』『根本説一切有部毘奈耶』…全体の体裁が整っているいわゆる「広律」と呼ばれるものだけでもこれだけの「教団規則」が伝えられています。
ひとつの小さな出来事を検討するにも、研究上はこのすべての原典を当たらねばならず、論述1行ごとにいちいち大正大蔵経のDBから該当箇所を拾い出し確認する作業は、まるで一生かかるかのような感のある、めんどくせぇ…もとい、必須作業なのであります。
ちなみに。日本の宗教団体は、これらの律を、どこも採用していません。そもそも仏教が国家政策の一つとして輸入された経緯上、あーだこーだと主張され政治的に影響を及ぼす危険のある「道具」を、僧侶に持たせたくなかったからです。僧侶はあくまで「国家公務員」。国の言うこと聞いてりゃご安泰、の、なんだか今の役人と変わらないエエご身分であったわけです。あとから、鑑真さんやら最澄さんによってそれらしき形式は整えられはしましたが、実質上手遅れ。
当初の仏教教団は、これらの「律」が厳格に守られているからこそ、人々の尊敬と信仰を集め、莫大な衣食住の寄進につながりました。わたしたちが今、日本仏教の僧侶を尊敬する根拠はどこにあるのでしょうか。間違いなく、新しい価値が求められています。「もはや、これからの真の仏教者は、アパートやマンションから出てくるはずだ」との、さる教授先生の言は、まったくもって意味の深い、正しい予言でありましょう。ちなみにわたしは、アパート・貸家・団地・マンションにしか住んだ経験がありません。「真の仏教者」になる条件だけは満たしているようです。ムフフ。
5/31 木 0.0   わたしの嗜好やTV視聴のタイミングがたまたまそいうことになっているだけかもしれないが、いわゆる「お笑い芸人」」なるものが、その本職の芸を演じているところをほとんど見たことがない。
ほとんどの場合、旅や料理番組、または別ジャンルのバラエティ番組で大げさなリアクションやふざけたコメントをしている「その他大勢」であり、別にいてもいなくてもいいような存在価値しか感じない(むしろいないほうはスッキリ視聴できるくらいだ)。逆に、学歴をカサに着て、笑顔すら見せずにまことしやかなコメントを垂れ流すような奴もいるが。
そんな程度で、年収何千万だの、月40万の「余剰収入」があるだのという実績が作れる仕組みというのがそもそも理解できない…というのは単なるヒガミだとしても、あらゆる意味で彼らの「生活感覚」、もっと言えば「社会的人間としての感覚」は、大いにズレていると思う。あの、オリンピック騒動のアホの言動を含めて。
この件に関する多くの人々の怒りは、「正直者がバカを見る」という思いに集約されるように思うが、別の意味でも、わたしたちは今、明らかに「バカを見ている正直者」なのである。どれだけの言い訳や擁護があろうと、これは生活保護の原則から言って本質的に「不正」であり「詐欺」である。無論、それを許可していた役人も共犯である。そういうことに「怒れる人間」であったことを喜ぼう。「そんなことが許されるならわたしも」などという発想の転換は決してあってはならないことである。
走行距離 209.6  km