モーリス  
地域 : 京都    年齢 : どこに出しても恥ずかしい63歳。
一言 : 
金がなくても心配するな。女が逃げてもくよくよすんな。俺の店は開いている。          金がなくても心配するな。女が逃げてもくよくよすんな。俺の店は開いている。          金がなくても心配するな。女が逃げてもくよくよすんな。俺の店は開いている。          金がなくても心配するな。女が逃げてもくよくよすんな。俺の店は開いている。
月日 距離 内容 タイム メモ
10/01 月 0.0   筋トレ
業務終了後筋トレ。ストーンズの1981年USツアーライブ、スティルライフを聴きながらのトレーニング。音楽に限らず、芸能、芸術、何においても、売れるということはその本人の実力のみではなく、それをマネージメントし売り出す商人の力によるところが大きい。素材とはいわばダイアモンドの原石であり、それを見つけ、磨き、デザインし、綺麗なパッケージに詰めて売り出すのは商人の力なのである。ストーンズもオールダムというマネージャーがいたからこそ、あそこまで巨大になれた。サティスファクションを聴きながら筋トレ終了。夕食後ちょいワル社長と共に高槻の神技金物職人宅へ。連休の滋賀県黒河峠一泊サイクリングの打ち合わせ。深夜に帰宅後入浴。缶ビール二本で即寝成仏。
10/02 火 10.0   軍事演習 1000m×5 rest200mjog
3'32-3'31-3'33-3'31-3'32
朝目覚めても夕べのアルコールが抜けていない感じですっきりしない。要するに睡眠不足なのだろうが、終日眠くてボーッとした感じだった。業務終了後ヒデとグランドへ。ラン舞隊の面々と1000mのインターバル。私は週末にレースがあるわけでもないし、疲れをを気にすることもない。だが今日は追い込む気分にもなれず、適当な感じで走った。ヒデは中学チームで2000mを2本。男子はキロ4のペース走をしていた模様。マッソウ、ラストはさすがのスピードで、あれで月間100キロ以下の練習だというのだから驚いた。もう少し練習量を増やし、スピード持久力とスタミナをつければ完全復活も遠くないと思われる。帰宅後ストレッチ&腹筋。夜半、オールマンブラザーズのフィルモアのライブ盤とじゃがたらのCDそれからを聴く。夭折したヴォーカリスト江戸アケミの、今が最高だと転がっていこうぜと繰り返すフレーズが迫ってくる。人生振り返るにはまだ早い。内田百聞の大貧帳を読みながら又も夜が更ける。
10/03 水 8.0   二条城×3周ジョグ
30'40 (10'28-10'08-10'02)
陸上競技の面白さは、人間が原初から持っている、走る、跳ぶという能力の可能性を見せてくれると同時に、その勝敗が測定可能な数値によって誰の目にも明らかであることが上げられる。要するに100mを10秒で走った者より9秒で走った者が勝ちという明確なルールが存在し、そこには審判の恣意や印象による判定というものは基本的に存在しない。最近の世界柔道やレスリングに見られるような、レイシズムとでも呼べるような不可解な判定は、その試合に命を賭けてきたような選手からしたらたまったものではないし、ファンにもフラストレーションを与えるものである。その点陸上競技は、判定勝ちとか芸術点とかいった勝敗の決し方はなく、形はどうであれ速く走った者、高く跳んだ者が勝ちなのだから余程すっきりしている。夜、仕事関係の会合のため21時を過ぎてから二条城をジョグ。夜半、大好きなタモリ倶楽部の空耳アワーを見た後就寝。
10/04 木 14.0   軍事演習1万m ペース走
39'38 (3'59-4'02-4'03-4'00-3'57-3'58-3'54-3'57-4'00-3'45)
業務終了後ヒデとグランドへ。今日はキロ4のペーランをやりたいが若頭はインターバル、レディースも緩急走だという。どないするかいなと思案していたら、燃えるオヤジ魂T林さんが来られたので一緒にペーランをすることにする。キロ4のペース走のような練習は私自身ほとんどやっておらず、最も苦手とするメニューなのである。だが彼がいれば心強い。故障上がりのバッキーも参加するというので、取り合えずキロ4分で行けるところまで行こうと考えた。菅原文太氏と団長も入ってスタート。6千mぐらいでキツくなってきたが、我慢してると少し楽になった。しかし8千を越えると又苦しくなってきて、結局ラストは上げられず文太氏にも離され終了。何とか設定内のタイムだった。T林さんによると、強くなってくると途中で楽になる間隔が長くなってくるらしい。キロ4分で1万5千mまで行くのを目標にしよう。ヒデは中学チームで8千mのペース走をしたらしい。ラストN田君に離されながら最後で追いついて、鼻の差で先にゴールした。最後まで諦めないその気持ちが肝心である。バッキーとおもち若頭を駅まで送って帰宅。気の置けない連中との話は面白い。よこしまTシャツ第二段は俺にやらせてくれ。
10/05 金 6.0   本能陸上クラブにて 二条城×2
7'05
本能陸上にて六年生と二条城。今日は恒例一周のT・Tである。22名が一斉にスタート。一位森本君7分7秒。二位同タイムで大原君。女子の一位は岡本さんで7分30秒。ここへきてタイムがぐっと伸びてきた。涼しくなったせいもあろうが、練習の成果が出てきたということだろう。特に子供は、伸びるときは一気に伸びるようだ。大文字駅伝の予選が11月1日ということだが、いい感じで力がついてきた。夜半、女道家元とバツイチ総務係長が来宅。7〜8日の一泊サイクリングの最終打ち合わせ。どうも天気が下り坂なのが気になる。久し振りにジョンレノンのイマジンを聴きながらミッドナイト。そういえば今日、本能陸上によこしま軍団のTシャツを着て行ったら、子供らにオオマッソウオって何やと質問攻めにあった。オオマッソウオ・・・哺乳類、霊長目、人科。京都府城陽市に生息。よく京都木津川堤防沿いに出没する。手足を極めて速く動かし、猛スピードで移動する。火曜日、木曜日の夜は京都市左京区内のグランドで目撃されることあり。自分の前を走るものは全て追い抜こうとする習性を持つ。天敵は3890。
10/06 土 14.0   清水コースjog 自宅〜堀川松原〜河原町万寿寺〜五条〜東山〜五条坂〜産寧坂〜八坂神社〜知恩院〜平安神宮〜河原町丸太町〜御所〜自宅 ジョグ
1'08'09 信号待ち時間含む総時間
業務終了後清水コースをジョグ。タイムやペースを気にせず、景色を見ながら走るのもなかなかよろしい。五条坂を上がったところの公園や円山公園でもキンモクセイの香りがしていた。そういえば昔、キンモクセイの香りがするというガムがあった。珈琲ガムもあったしコーラガムもあったな。ガムの歴史を見ると面白い。仁丹ガムやしょうがガム、タバコガムにブランデーガム、リポビタンガムまであったらしい。お菓子の歴史を見るのもなかなか興味深い。八坂、円山公園あたりは土曜日のせいか、酔客多し。帰宅後腹筋。夜半、明日明後日のサイクリングの準備をしながら夜が更ける。
10/07 日 0.0   滋賀県マキノ町〜福井県美浜町久々子へ一泊サイクリング BIKE約40km
ちょいワル社長、女道家元、神技金物職人、バツイチ総務係長と共に一泊サイクリング。滋賀県北部、マキノ町の黒河林道を走り福井県美浜町の久々子でし宿泊、翌日栗柄谷林道を経由走りマキノ町へ戻るというコース。朝七時に拙宅へ全員が集合、二台の車に分乗し自転車を積んで滋賀県マキノ町の追坂峠道の駅へ。そこに車をデポして走り出す。黒河林道は滋賀県マキノ町から福井県へ抜ける林道で、いまだに未舗装であり、地道愛好家と呼べる私たち自転車乗りにしたら非常に魅力に富んでいるのである。このコースはもう何年も前からあたためており、今回ようやく実現となった。道は予想以上に荒れておりハードだったが、心配していた天気の崩れもなく楽しい旅となった。美浜町久々子の民宿いそやには夕方到着。メンバー5人中飲むのが二人という下戸揃いで、夕食の麦酒も大瓶二本という可愛らしいものだったが、ランの疲れからか皆夕食後に撃沈。
10/08 月 0.0   福井県久々子〜滋賀県マキノ町 BIKE約50km     帰宅後筋トレ
あまりに早く寝たものだから夜中に目が覚め、同じく起きていた女道家元と深夜のよもやま話し。いつの間にか眠ったが、真夜中に降り出した雨が朝には本降りになっていた。朝食はしじみの味噌汁と鯛の味噌汁という、ダブル味噌汁にメシを三杯も食べ本日も僕は快調。宿で今日の福井新聞を見せてもらうと、何と一面トップに昨日の福井マラソンの記事。トータル4面にわたって福井マラソンの記事が掲載されるという、地方紙ならではの扱いに驚く。雨降る福井の民宿の朝に練習仲間の活躍を知る。しばらく様子を見たがやむ気配もないので、雨の中カッパを着て走り出した。結局当初予定の栗柄谷林道はやめて、国道を走ることにする。こんな雨の中を走るサイクリングはいつ以来だろう。霧のかかった山も綺麗やなあと呑気なことを考えながら走った。水しぶきを上げ走り抜ける長距離トラックにビビリながら、全身びしょ濡れになり161号線の長い峠を越え追坂峠の道の駅に無事たどり着いた。道の駅で鯖寿司を食べ、女道家元の車で京都へバック後、家元と喫茶コロラドで幸せのホット珈琲。夜は筋トレ後、嫁と中井師範行き着けの中華屋老案記へ。二日間遊び呆けたので詫びにと誘ったのであるが、飲むうちに又話がややこしくなり、機嫌を悪くした嫁は焼酎をストレートであおり酩酊。帰りは自転車にも乗れず、よろよろと歩き鴨川の土手で嫁は力尽きた。雨は降ってくるし、サイクリングの疲れと酔いの朦朧とする頭で、私は鴨川の流れを見ていた。嫁が目を覚ますのを待って深夜二時に帰宅。もう死にそうだ。俺はいったい何をしているのか。
10/09 火 15.0   軍事演習よこしま練 7000+3000 ペース走
7000m 27'47 (3'58-4'02-3'58-3'56-3'59-3'57-3'53) 3000m 11'52 (4'04-3'55-3'51)
泥のように眠り案の定、朝寝過ごしてしまった。体の節々が痛く、脚は筋肉痛。二日連続の峠越えが効いたのか、どしゃ降りの雨の中を延々走ったからか、昨夜の嫁酩酊鴨川行き倒れ事件が尾を引いてるのか、とにかく疲れが取れてない。それでも業務終了後は、条件反射の如くヒデとグランドへ。福井マラソン参加の面々と300mを疲労抜きの感じでやればいいものを、体はよこしま練のキロ4ペース走へ。3890、バッキー、団長組に途中からマッソウと参加。情けないことに最初から脚が全く動かず、5千を越えたあたりからいつやめようか考えながら走っていた。結局7千mでいったん下り、少し休んで又3千mだけ入って終了。多少コンディションが悪くてもキロ4分で確実に1万〜1万2千mは行けるようにならなくては。団長、最後は3890に離されたが、2万m行ったらしく、スピードが彼の持ち味だと思っていたが、スタミナもあなどれないものがあると感心した。練習終了後は両脚のふくらはぎがパンパンになりアイシング。キロ4分でずっと押していくスタミナが必要やなあ。数をこなして慣れるしかない。俺のモットー、習うより慣れろだ。
10/10 水 11.0   千束コース(自宅〜千本今出川〜西大路北大路〜しょうざん〜千束の往復)
終日両脚の脹脛と腰も痛い。御所の砂利を疲労抜きジョグしようかと考えるも、しばらく行ってないので千束坂道コースを走ることにする。業務終了後20時を過ぎてから、スピードを上げずゆっくりとしたジョグ。千本寺之内あたりで、火曜の夜に御所を走る会のTさんに出会いしばし立ち話。私より5歳年上であるが頑張っておられる。ただ、インターバルのようなハードトレーニングをするとすぐに故障するので今はやらないとのことだった。しょうざん裏の温度計は14℃。長スパッツをはいて来て正解。上半身もTシャツ一枚では寒い位だった。涼しくなってきたせいか腹が減りやたら食欲がある。晩御飯も満腹まで食べ、睡魔に襲われ撃沈。中井師範に、今夜珈琲を飲みに来てくれというメールを出していたにもかかわらず眠りこけるという失態を演じた。
10/11 木 14.0   軍事演習 1万1千mペース走 
43'48 (3'59-3'59-3'59-4'02-3'56-3'59-3'58-3'59-3'56-3'56-3'54-) 5000m19'59 10000m39'53
両ふくらはぎの痛みは取れず意気上がらず。それでも業務終了後は速攻で用意してグランドへ。今日はロングのペーランということだから、早く行かねばならない。グランドに着いてアップ中に団長から、脚悪いんですか?膝が全然上がってませんよ。との指摘を受ける。団長なかなか鋭い。キロ4の鬼、Y本さんを先頭にロング組は先にスタート。痛いが走れないことはないので、行けるところまで行ってこましたろと2千mから入った。案の定5千mを越えたら脚にきたが、取り合えず1万まで行こうと我慢。1万でやれやれと上がろうとしたら、私より2千m多く走ってるT林さんが下りずに行ったので、やめるわけにもいかず続けた。しかし1万1千が限界。ダウンの時に右ふくらはぎがつりそうになり、結局ダウンジョグも出来ず歩くだけのダウンとなった。練習終了後、Y本さんに次の練習メニューを誘われて断りきれない表情のT林さんが可笑しかった。年下の私が言うのも失礼だが、生真面目な好漢である。帰宅して夕食後、師匠の中井師範からメール有り。夕べの不義理を埋めるべく、百万遍まで迎えに行き無理やり拉致して拙宅にて珈琲の接待。11月の太道全日本選手権をKBSテレビで12月に放映するらしい。楽しみだ。
10/12 金 7.0   本能陸上クラブにて 二条城×2+@
業務終了後本能陸上クラブへ。六年生26人を大人3人で引き連れて二条城へ。大文字駅伝の予選会が11月1日と決まり、選手に選ばれたい子供は気合いも入ってきた様子。今日はタイム取りをせず初めてのインターバルをやることにする。インターバルといっても本格的なものではなく、二条城の北側と南側のそれぞれ約500mをスピードアップして走り、東西側の400mはジョグでつなぐといったもの。Aグループの男子、女子共に懸命に走り、内容の濃い練習が出来た。私も脹脛の痛みは変わらなかったが、どうにか引っ張って終了。帰宅後PCからメールが送受信出来ないトラブルが発生。本日よりメールサーバーが変わったことが原因であるが、いくら設定しても復旧せずそのうち睡魔に襲われ真夜中に卒倒眠。
10/13 土 0.0   筋トレ
夕刻にPC達人の友人を連れてきてメールの設定をしてもらう。どうにか受信はちゃんと出来るようになったが、送信のタイムラグが大きく、送ったメールの届くのが一時間後という有様。わけわからず。結局何だかんだで友人が帰ったのち夜半11時から筋トレ。晩御飯は午前0時。これじゃ体にいいわけない。わかっちゃいるけどやめられない。おまけに夕刻よりくしゃみと鼻水が止まらず、さっぱりわやである。
10/14 日 0.0   完全休養
今日は嫁の父親を釣堀に連れて行く予定であったが、中止になったので終日腑抜けた休日となった。日曜日となれば気合いの入ったランナーであれば、ロング走かあるいはレースということになるのだが、私といえば友人とサイクリングに行かなければ、大抵ギターを弾くか、音楽を聴くか、街を自転車でブラついて本屋や中古レコード屋、珈琲屋に行くということになる。夕刻より最速フリーターと大阪梅田。彼の友人のライブ後居酒屋。最速フリーター飲み足りないのか、帰りの阪急電車の中で柿の種をツマミに缶ビールを飲もうとして、柿の種の袋開けに失敗。電車の床一面におびただしい量の柿の種が散乱してしまい惨憺たる有様。
10/15 月 15.0   清水コース+@jog 自宅〜堀川松原〜河原町万寿寺〜五条〜東山〜五条坂〜産寧坂〜八坂神社〜知恩院〜平安神宮〜天王町〜白川今出川〜百万遍〜御所〜自宅 ジョグ
1'22'42 (信号待ち含む総タイム)
二日間走らず脹脛の痛みはマシになったようなので清水コースをジョグ。しかしながら1kmも走らないうちに又ズキズキと来た。フォームが悪いのか、着地の仕方が悪いのかなどと考えながら走る。違和感はあったが、走れないほどではないのでそのままゴー。松原通り、いつものたこ焼き屋のおっさんに手を上げて挨拶。今日は平安神宮から、さらに天王町を経由して白川通りを北上。今出川から百万遍、御所を抜けて帰った。いつもよりも3kmプラス。帰宅後ストレッチ、腹筋。入浴を済ませ晩御飯を食べるともう睡魔が襲ってくる。BSで録画したニールヤング1978年のコンサートを視る。圧倒的な存在感と凄み。ロックがここにある。
10/16 火 15.0   軍事演習 1万2千mペース走 
47'43 (4'02-3'59-3'58-3'56-3'56-4'00-3'56-3'59-3'59-3'59-4'01-3'49)               5000m 19'53-10000m39'50
午後より親父を連れて病院へ。いつもの定期検診。若くして車椅子の女性あり。タイムが悪いとかレースで勝てなかったとか、走るたびにいつも一喜一憂しているのであるが、取り合えず元気で走れるというのは如何に幸せな事か。業務終了後、何故か眠くて気合いが入らぬ体を引きずりヒデとグランドへ。ヒデは体調が悪いので今日はジョグにするという。グランドに到着すると、すでにツッチー隊長練はロングのペーランをスタートする寸前だった。取り合えず今日もキロ4のペース走を考えていたので、マッソウの2万走に付き合おうと思っていたが本人が来ない。バッキーと若頭が付き合うというので3人でやることにした。そうこうしているうちにマッソウ到着。今日は団長も天敵も来てないので物足りないようだが、途中から入るということでまず3人でスタート。2千mごと若頭、バッキー、私の順で引っ張ることにする。最初よりも苦しくなる頃に引っ張る方が良いと考え、4千から6千を引っ張ったが、何故か後ろで走るよりも楽だった。1万mを超えてからはマッソウに引っ張ってもらって1万2千mを設定内で終了。相変わらず脹脛はパンパンになってラスト上げられなかったが、体がペースに慣れてきたようだ。取り合えず少しずつ距離を伸ばし、確実に1万5千mは行けるようになろう。T林さんはツッチー練に入っていたが、皆が上がったあとも黙々と一人で走っていた。まさに燃えるオヤジ魂である。練習終了後、T林さんより、土日全然走ってませんやんとお叱りを受ける。兄貴すんません。腑抜けてました。帰り、バッキー、おもち若頭と車中で、キングオブよこしまは誰かという話しで盛り上がる。君たちは独身なんだから自由によこしまになったらよろしい。所帯持ちがよこしまに走るとどうなるか・・・悪い見本は真似をしないことです。
10/17 水 15.0   清水コース+@jog 自宅〜堀川松原〜河原町万寿寺〜五条〜東山〜五条坂〜産寧坂〜八坂神社〜知恩院〜平安神宮〜天王町〜白川今出川〜百万遍〜御所〜自宅 ジョグ
午後より大阪門真へ業務。大阪のお客さんへ行くと、仕事とはいえその大半は車での移動時間となる。その時間を無駄にしないべく、ギターリフなどを録音したデモテープをかけながら作曲にいそしむ。京都に帰る間にヘビーデイズという曲が出来上がる。業務終了後もウダウダして気が付けば八時過ぎ。これはあかんと清水コースへジョグ。3890の走禅30km連続には敵うべくもないが、15kmを三日連続は初めてだ。百万遍のブルース喫茶ZACOの前でマスターと出会う。マスターとはもう25年以上の付き合いで、彼は黒人音楽のスペシャリストでありながらフルマラソンベスト3時間4分の記録を持つ。きちんと練習を積めば、ハーフマラソンで1時間20分を出せる力はあるという心強い言葉をもらう。帰宅して入浴後麦酒。脹脛にお灸をして即寝成仏。
10/18 木 10.0   軍事演習 1000×3 rest200jog
3'27-3'35-3'35
キロ4ペース走が続いたので、今日は1000mのインターバルをしてこまそとグランドへ。久しぶりにトラックの独裁者M木さんの姿あり。今日は皆バラバラのメニュー。アップはしたものの、どうにも気分が乗らない。こういう時は疲れているのだと思うが、取り合えず流しをして一人インターバルをスタート。3分30秒位で5本と考えていたが、出来たのは1本目だけ。どうにも脚が重くスピードに乗れない。3本で上がってしまった。調子が悪くても決めたメニューは取り合えずこなす人と、途中でやめてしまう人といるようだ。設定タイムを下げても決めた本数は必ずこなす方が良いのか、駄目なときは途中でもパッとやめる方が良いのか、難しいところ。M木さんは、悪いイメージが残るのが嫌なので調子が悪いときは途中でやめてしまうらしい。インターバルにしても、速く走るにこしたことはないが、常にオールアウトでヘトヘトになって疲れを残すよりも、確実に出来るペースで練習を積み重ねて行く方が良いということも言えるかもしれない。練習終了後、何人かの荷物がなくなるという不穏な事態が発生。はっきりしたことはわからないが用心にこしたことはない。しかしせっかく4分ペースで1万2千まで行けてるのに、スピードを落としたらあかんなあ。練習は組み合わせだと痛感。
10/19 金 0.0   筋トレ
終日雨。疲れもあるようなので丁度いい。ランはオフにする。夜、久し振りにちょいワル社長のマンションへ。男バツイチの一人暮らしも寂しかろうと思いきや、さもあらず、結構気楽に楽しくやっている様子。深夜に忍び足で帰宅。即寝成仏。
10/20 土 15.0   千束コース スペシャル(自宅〜千本今出川〜西大路北大路〜しょうざん〜千束〜千本北大路の往復)
1'06'59(上り5.5km27'19-下り2km8'46-上り2km9'26-下り5.5km21'27)
以前自転車の月刊誌にエッセイやツーリングの紀行文などを書いていたことがあり、そのときに自転車依存症についてのスクリーニングテストというエッセイ書いたことがある。それは自転車をそのままランニングに置き換えてもいいと思うのでここで少し発表してみる(一部改変)。                                    ランニング依存症スクリーニングテスト※最近一年間の間に次のようなことがありましたか。あてはまる場合カッコ内の点数を加算して下さい。@走ることが原因で大切な人(家族や友人)との人間関係にヒビが入ったことがある(5) A休日にはいつも朝から走りに出かけるかレースに出場している(4) B周囲の人(家族、友人、上役)から走ることについて非難されたことがある(4)Cランニング関係以外の友人がいない(3)D残業で遅くなったときや雨の日でもランニングに出かける(5)E走らない日は寝つきが悪い(3)F毎晩ランニング関係の雑誌やサイトを見る(2)G社員旅行や家族旅行に行くときも必ず走る用意は持参する(4)H車で移動中もすぐに走るのにいいコースだな・・・と道を見てしまう(2)Iランニングのために転職したり引越しをした(5) 判定方法 0〜4点正常 4〜8点やや問題あり(ランニング依存症予備軍) 8〜12点問題あり(ランニング依存症候群)12点以上 きわめて問題あり(重篤依存症候群) ちなみに私は20点でした。
10/21 日 12.0   清水コースjog 自宅〜堀川松原〜河原町万寿寺〜五条〜東山〜五条坂〜産寧坂〜八坂神社〜知恩院〜平安神宮〜河原町丸太町〜御所〜自宅 
1'09'47 信号待ち時間含む総タイム
日曜日なれど展示会のため業務。午後三時に終了。昼飯も食べられず、空腹を抱えて誠養軒へ飛び込む。夕方アラキへヒデを迎えに行く。栗田さんより駅伝頼みますとのこと。二区ということなので幾分気が楽だ。ヒデは国領さんと共に競技場外周をペーラン。桂高校の陸上部に着いて走っていた。高校駅伝ももうすぐだが、一区10キロは30分台で走らなければ上位入賞はおぼつかないという。帰宅後清水コースをジョグ。円山公園はアベックが多かった。
10/22 月 11.5   御所 紫辰殿八の字×3 
久し振りに御所を走る。暗いのとコースが単調なのが難点だが、信号がないし開放的で走りやすい。砂利もアスファルトよりは脚には優しいと思うので、疲労抜きのジョグにはいいと思われる。疲れているときは休息を取るべきなのか、そこで尚且つ鞭を入れてトレーニングすることによって力が付くと考えるべきなのか難しい。体調は日々、いや時間によっても違ってくるし、回復力なども無論個人差がある。その人にとっては効果的と思われる練習も、自分にとっては合わない場合もあるし、結局自分なりの方法を見つけることが良いと思う。ジョグのあとスピードを上げての短い流しを数本。
10/23 火 10.5   軍事演習 1000m×5 rest200mjog
3'41-3'39-3'40-3'36-3'24
業務終了後ヒデとグランドへ。木曜日に3本で中折れした1000mのインターバルを今日もやることにする。T林さんと鉄人イビー氏との三人でスタート。各人疲れもあり、設定タイムは3分40位。T林さんがピッタリとペースを作ってくれた。ラストの一本はペースが上がったが、最後の直線で二人にかわされた。よこしま練は4千mまで4分であとはビルドアップというメニュー。おもち若頭は絶好調のよう。あとはレースに出て経験を積むことだと思われる。これは私にも言えることであるが。練習終了後マッソウと少し話す。陸上長距離に関しては、精神的な強さという部分が非常に大きい。以前、武道である太道の中井総師範に、格闘技で伸びるのはどのような人間かと訊いたことがある。中井氏は「それは折れない心を持ったヤツだ」と言われたのを思い出した。
10/24 水 0.0   筋トレ
先日書いたランニング依存症のスクリーニングテストについては、もともとアルコール依存症についてのテストがモデルになっている。さしずめT林さんなどは、休日は朝から酒を食らい、いつも二日酔いで出社するため上司から叱責されるという筋金入りのアル中患者ということになるだろう。ランナーズハイという言葉があるが、走っていて苦しくなってくるとそれをやわらげるために脳からモルヒネに似たエンドルフィンという物質が分泌され、そのために走っているときに高揚感を感じるという説がある。この脳内麻薬であるエンドルフィンは、性行為でも大量に分泌されるという。そういう意味から言えば、よこしま軍団というネームは言い得て妙でもある。しかし私は、グランド練習で気持ちよくなったような覚えはない。いつも苦しいだけである。
10/25 木 11.0   軍事演習 400m×10 rest100mjog 40sec
76-82-80-82-82-85-82-84-82-82
午後から腹の具合が悪く意気が上がらず。取り合えず業務終了後ヒデとグランドへ。今日は皆バラバラのメニュー。若頭が400をやるというが、設定タイムが違うので無理はせず一人でやることにする。いつも通りあえてタイムは設定せず、レストの40秒を守るというパターン。余裕もなくラストも上げられず終了。まあ今の調子ならこんなもんでござろう。頑張ってたら又ええ時も来ますやろ。400mと1000mのインターバル、それとキロ4分のペーランを組合していこうと思う。夜半久しぶりに京都出身のフォークシンガー豊田勇造のLP、さあもういっぺんを聴く。大学時代によく聴いていた。さあもういっぺん、さあもういっぺん、火の消えるまえに。
10/26 金 4.0   二条城×1 ジョグ
今日明日と商店街のお祭り。昼間はまだいいが、夕方から夜になると小中学生の餓鬼が大量にやってきてその傍若無人な振る舞いにいつもウンザリさせられる。平気でゴミは捨てるしとんでもない場所に駐輪はする。注意すると不貞腐れたように睨み返す。こちらもそう気が長い方ではないので、非常にストレスが溜まる。業務終了後9時半を過ぎていたが気分転換に二条城を軽くラン。帰宅後入浴、11時に老案記で一人ディナー。太道中井師範よりメール。天王町はなふさにて珈琲。サントスブレンドを飲みながら長い一日が終わる。
10/27 土 14.0   原谷クロカンコース
1'03'06 (信号含む総時間)
終日商店街の祭り。疲れた。業務終了後即着替えて9時からヒデと原谷からしょうざんへラン。先日中井師範の治療院があるしょうざんゴルフクラブへ行った時に、原谷の長い上りを車で走って、ランのコースに入れようと考えたのだ。西大路から西へ氷室道という旧道を行けば原谷の長い坂が現れてくる。距離は1km弱だと思うが、かなりの急勾配なのでいいトレーニングになる。原谷の坂を越え、しょうざんゴルフクラブから真っ暗な山道を千束まで出て、いつものしょうざん裏の道を抜けて帰った。一部暗いのが難点だが、たまには筋トレにいいコースである。帰宅後入浴。11時過ぎに嫁と高校時代の友人が独立して始めた居酒屋へ。もう火を落としたから食べるものが出来ないというのでビールのみ。同級生の誰々が出世したとか、金持ちになったとかの話題になる。金儲けも出来ず、好き勝手なことばかりして嫁を泣かせている俺は何をしているのかともう一人の自分が訊く。そんなこともすぐに忘れてしまうのだが。生ビールを三杯飲んで終了。帰りに府庁前の王将でラーメンと餃子。府庁前の王将、何と24時間営業らしい。人生の因業が顔に出たおっさんが無表情で焼く餃子を食し自転車で帰宅。練習日記を書こうとPCを開くも座ったまま撃沈。
10/28 日 12.0   二条城×3周 ペース走
22'21 (7'28-7'42-7'10)
日曜日なれど朝から地域の防災訓練。町内会長だから嫌でも行かねばならぬ。暑いしお偉い方の挨拶は長いし疲れた。午後、中井師範より自転車屋へ行かないかとメールあり。師範、最近自転車に目覚め今日も雲ヶ畑まで走ってきたらしい。喫茶伽藍で待ち合わせ、師範に800円の珈琲をご馳走になりその後御室のアイズバイシクルへ。師範はフルオーダーの手作り自転車がいたく気に入ったようで、店主の土屋氏の話も興味深げに聞いていた。アイズバイシクルを出てから上七軒のコセキサイクルも見に行ったが、最新のカーボンやアルミのロードレーサーには余り魅力を感じないようだった。中井氏のように一芸に秀でた達人というのは、何事によらず本物を見分ける嗅覚というものを持っており、それはまだ氏が未知な自転車という世界においても言えることだと思われた。夜はヒデと二条城をペーラン。脚は重くラストも上げられないまま終了。帰宅後昼間に録画しておいた全日本大学女子駅伝を見る。女子は男子と逆で関西勢が強い。関東の大学は箱根に忙しくて女子を育てる余裕がないのであろうか。しかし今日の駅伝を見ていても思うが、女性はよく泣く。中学の記録会などでもゴールと同時に泣いている女子生徒を見かけることがあるが、嬉しいにつけ悔しいにつけとにかく女性はよく涙を流す。しかしこの、泣くというのは女性の強さの秘密なのではないかと最近思うようになった。泣くという作業により自分の精神を浄化した女性は、次へ次へと進んで行くのである。それに対し、徹底して泣くことの出来ない男は、いつまでもウジウジとその場所から離れられないでいる。男とは元来女々しい。それゆえ男らしさとは、裏を返せばやせ我慢の美学であるということも言える。
10/29 月 0.0   筋トレ
終日業務。いつも19時に業務が終了し、火、木曜はグランド、金曜日は本能陸上なのでこの三日は仕事が終わるとせわしないことこの上ない。ゆえ月曜、それも筋トレでランはオフの日となるとリィーラックスしてつい腑抜けてしまうのだ。とにかく半分やもめ暮らしのような生活なので、やることは山ほどある。掃除に洗濯物の整理、シャツのアイロンがけ、等々。しかしいつも人生最大の敵‘邪魔くさい‘に負けて、今日出来ることは明日に回してしまうのだが。ギター後筋トレ。夜半高校時代の先輩から借りた、飛び出せ青春のDVDを見ながら撃沈。夜中に目を覚ますと、24時と25時過ぎに中井師範から珈琲行かんかとというメールが入っていたことに気付く。お前寝るの早過ぎる!やて師範元気過ぎますわ。
10/30 火 5.0   軍事演習 400m×5 rest100mjog 40sec
75-77-76-78-80
夕刻より驟雨。やんだのでヒデとグランドへ。1000のインターバルを考えていたがよこしま練の400mに参加。トラックの独裁者M木氏と団長、おもち、バッキー、ヒデと私。設定78秒なので5本だけのつもりでスタート。しかしながらグランド到着位から降りだした雨が次第に強くなりすぐにグランドは泥々状態。ずぶ濡れになって取り合えず5本終了。その後タータンの部分で100mを数本。帰宅後すぐに入浴。夜半中井師範と老案記からはなふさ。一郎さんによく中華食べてるなあと言われたが、考えてみれば夜中まで開いてる店は中華屋が多く、どうしても中華になる。しかし中井師範の週5日中華生活には敵わない。
10/31 水 6.0   二条城×2 ジョグ
18'18 (9'36-8'42)
終日業務。夕方中井師範より珈琲行かんかメール。業務終了後、師範と北山の伽藍へ。この店珈琲は抜群に美味いのだが、マスターが乙にすましているのが窮屈である。珈琲屋のオヤジが何を気取っておるのか。中井さんとは音楽、格闘技、珈琲など好きなものがお互い共通しているので話しは尽きない。帰宅後九時半を過ぎて二条城をジョグ。何もなき秋の夜長、カーリーサイモンを聴く。神無月も終わりもう霜月。47歳まで一ヶ月もあらへんがな。
走行距離 255.0  km