あるくだっしゅ  
地域 : 京都    年齢 : 戸籍上57歳、精神年齢13歳、カラダ年齢34歳(タニタ計測)、体の硬さ75歳
一言 : 
ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*)           ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*)           ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*)           ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*) 
月日 距離 内容 タイム メモ
6/01 火 46.0   緊急事態宣言による自粛モード、勝手に解禁させていただきました☆
「府境なんぞバリバリ越えてやるシリーズ」開幕ですっ(^o^)丿
始発でGO!往路は荷物アリのため電車ワープ。
蓬莱〜ワ二街道(勝手に命名・正確には県道311号)
〜途中口〜花折峠口折り返し(オプション・正確には曲がる方向間違えた)
〜初の途中集落・古知平集落経由〜大原〜鴨川〜うち
★近江今津あたり〜和邇の琵琶湖岸は、いつ
 訪ねても最高に美しい風景であるが、晴れ
 た早朝のそれはまた格別である。
 遠くに重なる山並みを薄墨で描いたような
 あの光景は、神仙思想の世界をほうふつと
 させるものがある。これを「蓬莱」と名付
 けたのがいつの誰かは知らないが、微塵の
 異論なく首肯するものである。
★八所神社を境に水脈(水源)が変わってい
 る?(個人的メモ)
★ワ二街道に入ってすぐに「天皇神社」なる
 社あり。早くも2件目か?と一瞬ワクワク
 したが、特定の天皇を祀るものではなく、
 建物自慢がネタのようだった。ちなみに滋
 賀県には天皇陵はひとつしかない(大津
 市・弘文天皇陵)。
★驚いたのは「還来神社」。なぜか気になっ
 てわざわざ道路を横断して寄ってみれば、
 なんとご祭神が「藤原旅子」(◎_◎;)
 先日訪ねた淳和天皇の母君であらせられる
 のである(゚Д゚;)ウヒョー。なんかちょっとゾ
 クッとしたわ。偶然というにはあまりに
 も…なめぐり合わせ。ありがたきご縁と心
 得ておこうと思った次第。
★実に久しぶりの「反対側から途中口」コー
 スだったため、ウニョウニョ交差の地点か
 ら「迷い道あるく」の特技を発揮し高島方
 面に上ってしまった(-_-;) 
 進むにつれてヤバイ感じがしてきたが、天
 気も気分もいいので、懐かしの花折まで行
 ってみた(^o^)丿
★途中トンネル爆走を避け、途中の集落を通
 る。なかなかGood。
★「大原」というと三千院界隈が中心のよう
 に思われがちだが、実はそれより上ったと
 ころにある「小出石」や「古知平」あたり
 が最も地元生活感にあふれるのどかさがあ
 るのだなぁと。いやしかし、どんだけフラ
 フラ回り道してんねん(-_-;)
★滋賀(琵琶湖沿い)〜京都のコースのう
 ち、蓬莱山がより長く視界に入り、また、
 アップダウン感覚が最小なのがこの経路で
 あることが判明。ただし、車の量が多く
 「おまえら全員逮捕されろ!」という飛
 ばしっぷりなのが難点(-_-;)
★道中、何度も川に入りたい衝動。もうそん
 な季節♪

あ〜おもしろかった!
やっぱ旅RUNはええね!(^o^)丿
6/02 水 4.0   国家公務バイト復路RUN
某所〜まつもと
 直行帰宅コースを取るとこの距離…怪舎員時代の1/5である(ドアtoドアなら1/10)…もうちょっとあってもええのになぁと、なんとも贅沢なハナシでして(^-^;)
6/03 木 22.0   早朝3:30スタート。
となりのマンションの大音量警報騒動(2:30発生)発生のせいというかおかげというか(^-^;)
鴨川、高野川、東山界隈
清水寺門前で念彼観音力を浴び、金毘羅さんで悪縁断絶の石をくぐるおまけつき(*^^*)パワーアーップ!
 じぶんが「ショートスリパー」っていうやつではないか?という疑惑が少し前から浮上していたのだが、今日のようなことがあると「もしかして?」が「やっぱり?」にステップアップする。
 怪舎員時代、2時間とか(長くて5時間)を続けていたが、なんともないと思っていたのは若かったからだわ!と決め込み、最近は7時間以上ゴーゴー眠りこけることもしばしばだが、もしショートスリーパー」の特性があるのなら、惰眠をむさぼるのはもったいないよなぁ…(-_-;)
6/04 金 0.0   雨ダス(-_-;)
夕方はお花のお稽古ゆえ雨止んでても走れましぇん(-_-;)
 かれこれ満3年になるお花のお稽古にて、お免状昇格のお話をいただく。下品でガサツ極まりない人間のわりに「よくぞここまで来たもんや」というレベルには達した!(^^)!ニャハッ!
6/05 土 5.0   距離カウントは純RUN分のみ。
鴨川、出町(枡形)、西院(春日神社・淳和院跡)
 「西院」とは、淳和天皇退位後のお住まいの別称。春日神社には滋賀途中と同じ名称の「還来神社」もあり。これだけ近所に暮らしてて今さらの感動的接近。
 華道にせよ西院にせよ、なんとなく遠ざけていた存在がここまで自分の感性に強く訴えかけるものに変化したという不思議をつくづく。

 「嫌い」とか「なんかイヤだ」と否定的に意識することというのは、何かのきっかけで予想だにしない興味関心の対象になり得るものであり、実はそれこそが自分にとって重要な意味を持ちえることであるのかもしれない…と、最近思うようになった。本当に自分の人生に関係ない・必要のないものごとは、はなから自分の感覚にすら触れないのではないだろうか…そのように考えると、じぶんの中にある「NO案件」にさらに積極的に関わってみたくなる。
無事に生き続けてもあと30年あるかないかの人生、損や後悔のないよう過ごしたいものだ。
6/06 日 0.0   今までなんとなく軽視していた低山遊びがなかなか面白い(*^_^*)
馬堀、牛松山、亀岡
 下山後に現れた「愛宕神社」。
元はといえば亀岡(千歳)にあるこちらが「元」で、京都のほうは「そっちのほうが人が多く集まるから」とかいうなんともミーハーな理由で移動したとのこと。
 和菓子の甘春堂、お茶のカンバヤシ等々、このあたりにはこうした「元祖争い」ネタが多く、いずれも規模が大きくなっている方が「なんとなく正統っぽい」感じになってしまっているが、この愛宕神社に関しては、ひっそりながら清々しく光を放ってるような空気感をもって亀岡に軍配(あくまで個人的感想)。
6/07 月 40.0   天皇陵スタンプラリー(番外編)
「おらぁワクワクすっぞっ!」としんちゃんのような心境☆
本日は山RUNにつきカウント込み。
大原野神社〜なぜかケモノ道スタート〜普通の山道(車道出合3ヶ所は無視)
→淳和天皇陵(小塩山)→マキマキ車道下り→沓掛口→(ちょっと迷う・恒例)→宇派多陵→大枝陵→沓掛(口、ではない)→元・文徳天皇陵(今は誰のかわからへん前方後円墳)→五条ズンズン
 祖母・母・息子三代が、やさしい温もりを伝えあっているかような近距離に位置する陵墓をまとめて訪ねる旅RUN。

宇波多陵は淳和天皇ご生母旅子さんのお墓。
大枝陵は桓武天皇ご生母新笠さんのお墓。
 どちらも、眠る場所へと誘うのは、色やわらかくも光るようなのコケの生える参道。上り道なのに「安らぎ」を感じさせる風景だった。
…てなことを書いて、後年あれは違う人のお墓でした〜ということになったりして(-_-;)

 今回は図らずも「山陰街道」なる道を初めて通過した。国道ができる前の時代にはここが旅のメインルート…「大枝」ってのは重要な地域だったんやな。あ、思い出したんだけど、「大江山の鬼伝説」も、実はこの「オオエ」だったらしい。そのうちこの件もちょっとdigってみたいものである(*^_^*)
6/08 火 0.0   完全休養…ってか走れる状況やない(-_-;)
皮膚トラブル発生!
 コトの発端は先週木曜日朝の油跳ねによるやけど。それがモーレツにかゆくなったものの、治りかけだからだじぇ!とか甘く見過ごしてたら、それが炎症化の全身症状だったという次第にて(-_-;)
 そんなこととは夢にも思わず、走り回った数日にザックや下着が接触・摩擦した部分を中心に全身に広がる発疹・カユカユ状態に。
 生後まもなくからこれまで「皮膚の弱さ」を背負って生きてきたが、ここまでひどくなったのは実に久しぶり。初の「飲むステロイド剤」まで処方されてしまい…油断と甘さを猛省させられた(-_-;)
 ただ「顔」には一切支障ないことがせめてもの救い☆
6/09 水 0.0   まぁこの状態で走ったらホンモノの「RUNバカ」だわ…につき休養。
朝は「もう一回お医者行き!」の状態だったが、午後から安定してきた☆
「飲むステロイド」3回目の服用数時間後からなんとなくかゆみが収まり出し、精神状態も安定してきた。夕支度の買い物に出かけようと思うくらいには復調した。
 こんなにかゆいのに1日2回分しか薬飲めないとか拷問かよ!と心の中で医者に悪態をついてたが、やはりお医者の見立てはサスガだとアッサリ翻意(*^_^*)テヘペロ!
 副作用か何か知らないが、今度は口の中が異常に乾く。たしかに「要注意の強いクスリ」のようだ。
6/10 木 0.0   バイトこなすくらいには回復
梅干しも漬けた。今年は南高梅ブランドながら激安B級品を購入した。そういう点があまり気にならないというか、むしろチャレンジ精神が働くあたりは「この道15年の慣れ」のなせるところであろう(*^_^*)ドヤッ
6/11 金 0.0   飲むステロイド、主訴以外のところに効きまくっている感じ(^o^)丿
 なんか通常とは違うヤル気モリモリ感とアタマすっきり感。体の動きにもキレがあって、やらなあかんのになんかダルイとほったらかしてきたことがサクサクこなせる。視界良好、世界がまぶしい。瞳孔開いてんのか(^o^)丿。逆に、切れたときの虚脱っぷりもすごい。
 勝手に「ステロイド・ハイ」と名付けてみたが、調べたところ実際にそういうのがあるらしいのでビックリ(◎_◎;)
ある意味、わたしとステロイドはひじょーうに相性の良いクスリだといことが判明した☆
いわゆる「ヤク中」なる人々の感覚と依存感情がわずかながら体験できた感じは貴重。
6/12 土 0.0   お医者&その周辺
「七条えんま堂」が大原野正法寺の末寺とな(◎_◎;)
 診療開始30分前で30人近く待ち状態の人気病院。明らかな密を避けるため周辺をウロウロしてたら思わぬ発見となった。
 あるひとつのテーマに強い興味関心を持つと、そのヒントや回答などの情報がヒョイヒョイと目の前に現れるものである。個人的には「奇跡」とも呼びたくなるようなこの現象は過去にもいくつか体験があるが、今回は「淳和天皇陵とその周辺にまつわる件」について、それが発動しているようである。久々のことで実に楽しい…って、ここまで深入りするつもりはなかったんやけどなぁ(^_^;)
6/13 日 0.0   うち周辺
アサガオ植え替えた。
今年は「あんどんづくり」ってのを成功させたい。
あれよあれよという間に伸びまくっていたミニトマトもお手入れ☆
6/14 月 0.0   桓武天皇量、明治天皇・昭憲皇太后陵
京アニ事件現場、天智天皇陵
書陵部桃山事務所で淳さまの印をもらってきた。
 初代より代々治定されている天皇陵はそのほとんどが「ホンマかいな?」の位置づけにあるという中、珍しく天智天皇陵は「間違いない!」存在であるという。たしかに、あそこの空気感はスゴイ…いつも思ってきたことだけど改めて。
 ところで、明治天皇・昭憲皇太后の御陵は「上円下方墳」であるが、これが桓武天皇陵のそれに倣ったものであり、それが大正・昭和と続いているらしい。ただ、その経緯には
いろいろあるようで、研究的視点からするとなかなか面白い。まぁ、天皇陵にはそういうこととは違う面での意味が大きいので、あまりにシロクロつけ切ろうとしないほうが良いともいえるのだがね…(-_-)
6/15 火 0.0   逆に言えば
日頃、やる気がないとかモヤモヤするとか(肉体的エネルギーの不足を気持ちでカバーしている感)というのは、今回飲んだステロイドが作用した臓器機能の弱さに起因しているのではないかという着想。
 「健康」というと、血行とか筋力とかに意識が向きがちだが、実はそれらよりもっと深い部分での「成分バランス」のようなものが決定的な働きをしているのだろうと思う…微細なホルモンとか電解質とか。そういやわたしゃそのあたりはガッタガッタだったよなぁ…と、30代に受けまくっていた人間ドックでの結果を思い出した(どうしても生き抜かなければならない理由がなくなった40代からはノーチェック状態)。
 そこまでわかっていながら、ここから先はどうにもならないのは、病院というところが「なにか起こってからでないと対処しない施設」であるから。その人の日常における些細な違和感や、検査数値上の綿密な診断による「予防医学」の必要性がもっと認知発展してほしいとつくづく思う。それがないから、怪しい健康食品やサプリを高額で売り付けて左うちわで調子に乗る成金の発生が後を絶たないのだろう。そんなものに乗せられてたまるか(-_-;) 
6/16 水 0.0  
6/17 木 0.0  
6/18 金 0.0  
6/19 土 22.0   復活記念第一弾!
ホンモノの老ノ坂峠越えを辿る☆
今までこれを踏破できなかったのは、ちょっと入りづらい「霊園」に道が入り込んでいたことがすべての原因だった(-_-;)
丹波口、桂大橋、秤谷、淳ママ&桓ママ通過、大枝山、馬堀
山城国〜丹波国への道は数々あれど、これが一番ストレスなく快適☆
この15年、なぜここをスルーしてたのか!ってくらいよき。
☆今や「丹波口」というと、五条通にある駅
 を想定しがちだが、本当のそれは七条通に
 あり。この際むしろ「梅小路京都西」を丹
 波口駅にするべきだったと思う位置づけ。
☆今や「メインルート」というと、ついつい 
 国道並みの幅広さを想定しがちだが、昔の
 それは馬一頭が往来できる程度で立派な街
 道だった(広重五十三次の平塚しかり)。
 山陰街道も例にもれず、もはや「脇道・逃
 げ道」としか思われないところが該当す
 る。しかしよくよく観察すれば、古い民家
 や石碑、神社など「いかにも」なものがワ
 ンサカ存在する。
☆今や、ほんの数百メートルほどしか残って
 いない「マジ山道」も、生い茂る木々のわ
 りになぜか明るさと清々しさを感じさせ
 る。往年の旅人たちの喜怒哀楽すなわち生
 命感をそのまま包んで遺し続けているかの
 ような気がした。
☆今や「鬼退治のオオエヤマ」というと、丹
 波の奥にある「大江山」が想定されるが、
 本当のオオエヤマはこの行程にある「大枝
 山」である。
 討ち取った鬼の首を京に運ぶ途中、ビクと
 も動かなくなったところで埋められたとい
 うポイントが「首塚大明神」である。
☆今や「遠い/未知の/未開の」場所という
 と、それこそ数百キロ離れた場所を想定し
 がちだが、昔のそれは10kmあるかないか 
 のものであった。西大路に隠居(淳和院)
 があったり、桂川を渡っただけで「離宮」
 があったりするのがその証左であろう。
  したがって、隣国丹波との境界にある
 「大枝山」に鬼が住んでいるということこ
 そが往時の正当な距離感であり、今なお近
 代的交通手段をもってしてようやくたどり
 着くような場所にある「大江山」は、後代
 の付設であることはほぼ間違いのないこと
 である。
☆今や、静かな街並みを呈している桂川を越
 えたところの集落のいくつかは、中世には
 「土一揆」でしばしば京の町を襲撃したと
 のこと。その時代の暮らしの厳しさを思わ
 せるところである。それらを含め、山城
 /丹波の境界付近は、ある種の緊張関係を
 絶えず潜在させていたと思われる。「大枝
 山の鬼退治」とは、その軋轢が大きく顕在
 化した事件であると考える方が現実的で興
 味深い事実となる。
☆道中に散在する宗教的施設は、寺より神社
 のほうが圧倒的に多い。旅をする人の安全
 祈願もさることながら、そこに暮らす人々
 の「今この現実をどうする」という切実感
 が作り出した風景であろうと考えると感慨  
 深いものがある。

 いやいや、こんな面白すぎるコースをスルーして、車ドバドバの国道RUNしかしてなかったって、ホンマもったいないことしてたもんや(-_-;) 
  
6/20 日 0.0   休憩
昨日、馬堀以降もかなり歩いて総距離40越えてるし、うちの文献資料整理も途中やし
6/21 月 42.0   蓬莱ドカRUN改め
天皇陵スタンプラリー&大津絵鑑賞の旅
小関越えにて大津〜弘文天皇陵(すっげぇ迷う)〜山道(東海自然歩道)経由で三井寺圓満院(大津絵美術館)〜旧東海道(東山隧道跡、蝉丸神社、逢坂峠碑、走井餅本家跡などジロジロ見学つき)〜事故現場遭遇〜藤尾で新旧間違える(やり直し)〜天智天皇陵〜九条山経由で五条
☆「小関峠」は単にそういう名前なんやと思
 い込んでいたがどっこい、逢坂峠を「大関
 越え」と呼ぶに対する「小」なんだそう
 だ。そういえば、ルート的にほぼ並走して
 るし。
☆弘文天皇陵は「偽設定」であることは研究
 分野上の常識…のせいか、案内板も少ない
 し、道行く人はじめ歴博の名札つけた職員
(!)に尋ねても「?」な状態。こりゃとん
 でもなくミステリアスな秘境、ぶっちゃけ
 いえば荒れ果てたショボい状態なのかい
 な?と思いきや、行きついてみればなんと
 まぁご立派な御陵にて、しかも入口には書
 陵部職員が常駐。天智天皇や明治天皇とは
 違う意味で重要な扱いとなっているのか?
 と想像(-_-)
☆弘文天皇陵から園城寺までは山道。やっぱ 
 これがなくちゃねー!(^^)!
☆前々から興味のあった「大津絵」の博物館
 が園城寺圓満院にあることを知り訪問。
 大津絵は、何度見ても「ヘタウマ」である
 が、だからこそ、宗悦先生や志功さんや太
 郎さんに注目・評価されたという点ではひ
 じょうに面白いものである。
☆圓満院では、大津絵見学の他、入口の三井
 の名水、御所から移築した地という宸殿、
 相阿弥(誰?)の築いた庭見学付き。代々
 の天皇&親王の位牌が並ぶ堂にて、大正天
 皇のそれのみが地味な木製であることの理
 由を尋ねるも、スタッフ答えられず。まっ
 たくもって研究不足である(まぁたいてい
 のお寺はそんなんばっかりやけど)。
☆「園城寺恐るべし!」は、信長さんの時代
 に解決済みかと思いきや、その権力は今だ
 健在の感。「ここは園城寺の私有地」とい
 う警告看板がいたるところにあってビビ
 る…を通り越してあきれ果てた。
 京都(鹿ヶ谷)に抜ける「如意越え」なる
 ものが存在することを今回初めて知ったの
 だが、どうやらこれを歩くには入場料600
 円チャリーンが必要なようだ(いつかヤブ
 漕ぎ抜け道を探してやる!)
☆「できるだけ旧東海道」を念頭に、復路ス
 タート。大津日赤の脇〜長等公園の裾を通
 る道は、たぶん旧東海道だったであろうと
 勝手に納得(そうでないとのっけから車道
 ブンブン)
☆しかし、さすがは「東海道=イチコク」で
 ある。丹波への道とは違って、「元々東海
 道」のルートが拡張されてイチコクになっ
 たとしか思えない史跡がたっぷりある。
☆逢坂峠の立派な石碑は、大津の米屋の主人
 たちの共同出資による建造であった。
 元より、「なんやかやゆーて京都より近江
 のほうがお金持ちやねんで」という噂が真
 実であると思わされる。
☆峠を越えて間もなく、おまわりさんが山盛
 りウロウロ。何かと思えば、軽が歩道に突
 っ込む自損事故。車道RUNはこれがある
 から怖い。ここに来るまでに道に迷ったり
 蝉丸とか寄ったりしなければドッカーンだ
 ったかもと考えると、ラッキーだったと思
 うしかない。
☆ところで、今回この道を選んだのは「大津 
 絵」との絡みがあったからである。「大津
 絵」は、主に「大谷・追分」に店並ぶ店で
 旅人相手に商売していたとの話を辿ろうと
 したわけである。
 が、その痕跡面影一切ナシ(-_-;)
☆勢い余って車道をブンブン進んでいたら、
 藤尾交番の分岐を通りすぎてしまった。
 が、そのおかげで井筒に便乗して販売され
 ていた「走井餅」をゲト。
☆しかし「あくまで旧国道」にこだわるRU
 Nゆえ、ここからまた藤尾交番に戻る。無
 事、伏見と京都への「髭茶屋分岐」の石碑
 を確認。

以下略。

しかし一点だけ追記(*^_^*)
山城国より丹波、そして近江に抜ける道、いずれも「京阪」がその道筋をほぼ忠実になぞっているのがありがたい。ほんまおおきにやで!という感じ。古の道を現代版に翻訳しているようなありようは実にブラボー!なのである(^o^)丿 
6/22 火 0.0   休憩
昨日の観察・考察案件についての検証
ほか、文献資料整理とマンガ読む(^o^)丿
★逢坂峠碑施主の米屋は現存するか?
★京阪路線敷設について
★新羅神社ならびに新羅三郎なる人物について
★「大津絵」について
★「巻き肩」に関する調査
★『極道主夫』『SPY☆FAMILY』返却期限近し!
 これまで継続的・習慣的にやってきたことが、その人における「確固たるプライド」になるのは悪いことではない。しかしそれに固執するあまり、他に存在する情報や価値観に批判・排他の姿勢に陥りがちになると、所謂「老醜」となる。
 逆に、これまで看過・軽視してきたことが、ある時突然、致命的なトラブルの火種として襲い掛かる危険性が高くなる。「このくらい」の甘い認識が命取りになることを改めて重々認識しなければならない。

…以上、【加齢】にあたってよくよく留意しなければいけないことを記してみた。
 
 現在のワタクシの場合、その最たるポイントは「巻き肩」についてであるということに昨日思い至った。数多くのユーザーを有するSALOMONのザック使用において、何故ワタクシには毎々「斬首」のようなジリジリしたストレスがかかり、「絞首」のような跡が残るのか…についての考察の結論を可及的速やかに解決しなければならない。ある意味、RUNよりも体躯的特徴を何とかする方向に注目することが、前述の「プライド」を守りつつ「老醜」を避けるために必要な今一番の課題であろう(-_-;)
6/23 水 0.0  
6/24 木 0.0  
6/25 金 0.0   お稽古前の初☆一蘭
うまし。
「熟成・伝統・重厚」等々の表現が決してお世辞ではない一杯。
 何事につけ、「きちんとしてきた/している」ものごとというのは、誰の論評を待たずしてそれそのものが存在意義を確立しているということである。
 たかだか一杯のラーメンと思うことなかれ…て、ほんまはこのあたりのことは華道のお稽古から学ばねばならぬところ(^o^;)
6/26 土 4.0   天皇陵スタンプラリー
泉涌寺に潜入
 孝明天皇・英照皇太后はじめ「墓苑」のようになっている御陵。月輪には書陵部事務所があり、ここで天智さんと弘文さんの御印だけいただいてきた。
6/27 日 0.0  
6/28 月 0.0   七条某所の名医まで
薬のみなので受付1番でスイスイ。
あまりに早く済み過ぎて、寄るはずだった100均がまだ開店してなかったという…(-_-;)
6/29 火 0.0   天気予報に脅され早々にRUNなしを決め込む
水尾か嵯峨野に行く予定やったのに…
6/30 水 0.0   国家公務バイト
走行距離 185.0  km