あるくだっしゅ  
地域 : 京都    年齢 : 戸籍上56歳、精神年齢13歳、カラダ年齢34歳(タニタ計測)、体の硬さ75歳
一言 : 
ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*)           ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*)           ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*)           ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*) 
月日 距離 内容 タイム メモ
6/01 土 18.4   吉野のゴンちゃんに、ちょっと頼みごとというか…まぁそんな用事があったので。
ついでに、奥の座敷にいた弥勒ちゃんにも挨拶したわけだが、むしろ今日は弥勒ちゃんのほうから貴重なご意見とお励ましを賜った次第にて。
弥勒ちゃんというのは、56億7万年というとんでもない遠い未来に登場すると言われている。まぁ延々子孫を残せる人にとっては、ある意味現実的な信仰対象にもなり得るわけだ。
しかるに、「これでオシマイ」のワタクシのような存在にとって、「信じがたいほどの未来」とは何であるか?ワタクシのような存在が弥勒ちゃんを拝するとき、そこにはどんな意味があるか?…その答えが、今回、パタッと出てしまったのである。広隆寺では「概念的な思考レベル」に留まっていたものが、このゴンちゃん堂で「わかる」とは意外な顛末であった(-_-)シミジミ。
6/02 日 20.0   「あるくだっしゅ」80%縮小コピー化計画、本格スタート。
「憑き物が落ちた」ように体調良好な日々を感じる今がその時!
将来的な「研究テーマ大転換」の可能性も含め、今予測されるワタクシの将来像においては、一般同年齢以上の体力が必要と見積もられます。
6/03 月 0.0   RUNゼロでも、他のメニューをバリバリ…もとい、クネクネ。
何事においても「柔軟さ」というのは必要なことです。
もはやじぶんの中で「呪文」のようになってしまった、自力整体の先生(DVD)のおことば…「しなやかさは、強さに勝るのです。」
これは生活全般の言動その他のありかた全てに通ずるものであると感じてやまない名言であろうと思うところだが、ここでは単に「筋肉の状態」についての教示であるからそれだけに限定して例示すれば、TVや雑誌などに登場する「ヨガ」や「ダンス」のプロの身のこなしというのは、その一挙一投足に無駄がなく、スピーディでありながら気品ともいうべき優雅さが感じられる。外観も、痩せすぎず太りすぎずの程よい肉付きであり、印象も良い。いくら「強く」ても、それがゆえに諸動作が力任せで雑であったり威圧的なイメージになりがちであるよりは、より良いことだろうと思うのである。
それでなくても、肩幅広めの「がっちり型」で、両津勘吉女性版を彷彿とさせるワタクシの体型には、「柔軟性」が培われることによって醸し出される「しなやかさ」ある容態は、ぜひとも望まれるところなのである。
6/04 火 8.0   RUNが「良い運動」であることは間違いない。…と思う。
しかし、それだけをヤミクモにガンガンこなして、アフターフォローなしでもなんとかなるっしょ!ってな無防備・無配慮で健康安全が維持できる年齢ではないことも間違いない。…と思う。
6/05 水 0.0   ある時期、ある場面で接触やつきあいがあった人には、到底信じがたいことであると思うが、敢えて言おう。
わたしは本質的にネクラであり、人としゃべることもあまり好きではない(うまくない)のである。
これまでの人生の中で唯一、「ぶっちゃけなじぶん」を表現し、大いにしゃべることも付き合うことも心底楽しいと思えたのは、ある時期のある人たちに限ってのことである。よほど相性とタイミングが良かったのだと思う。
現在のバイト先で、ある人がある出来事を境に、わたしを「シカト」している。本人にしてみればそれをもって威嚇しているつもりで、わたしが大いに恐縮していると思いこんでいるのだと想像するが、「ざーんねんデシタ!」って感じなのである。プライベートな話題やどうでもいい世間話などでワイワイするよりも、必要最低限の会話だけで過ごすほうが疲労度が格段に違うのである!(*^。^*)ア〜ヨカッタ!
余計なことに余計な時間を取られない分、仕事の精度も上がっていることは確かなのだ。なんという理想的な!
6/06 木 10.0   【昨日の続き】
…にも関わらず、たとえば中学の弁論大会では毎年上位にランクインしたし、会社でのプレゼン・各種発表、電話応対は激賛モノ、また某ラジオ局交通情報アナウンサーオーディションでは「あと一歩」のセンまで進んだ…という経歴ももつ。
矛盾するようだが、ここには明らかな違いがあることを見逃してはいけない。
それは、そこに「あらかじめ準備された原稿・台本・定型句」があり、「何のために」「誰のために」という目的と立場関係が明確なシーン設定があるということである。
怪舎員時代、「何かを握りながらのシャベリはウマイ」と、自他ともに認められていたのも事実。「何か」とは、受話器とかマイクのことであり、握り拳や人の首ではない。
要するに、「話す」こと自体は問題なく、しかし感情的即応性が求められる「雑談」は苦手、ということになるだろう。
このことを念頭に、「だからなにができるか、あるいは何を避けるべきか」を考えることは、じぶんのもつ力と等しい可能性をひらくという意味で重要である。
…と、それはさておき、東寺というところは京都における数多くの寺院の中でも「純然たる庶民信仰」という意味において、その骨頂にある存在感を醸し出しているように感じる。
本尊の「大日如来」がつかみどころのないデカすぎる存在であるという理由から、その役割を細かく分けて担った各種ホトケサマが境内に散在し、あたかも「ホトケランド」のようになっているわけであるが、ゆえに、参拝する人はそれぞれ思い思いの「推しボトケ」(AKB風)を目指して四方八方に境内を歩く。そして、ある人はダラニ、ある人は普通の日本語、ある人は黙して祈り、それが終われば顔見知りの仲間と井戸端会議、ご丁寧に寺院からはお茶まで供されている…等々、実に自由な風景がそこここに見られるのである。
かたや、東本願寺などは、締め切った本堂の中で奉仕団が陣取り、妙な節回しをつけた「ナムアミダブツ」を合唱する…「だれもがそのままで」が最大のコンセプトであるはずの浄土教集団に、どこか排他性や優位性を感じさせるものがあるのは残念なことである。法然ちゃんも親鸞ちゃんも、決してこのような光景を望んでいたわけではないだろう。
…本来、南無阿弥陀仏というものは「形式や差別」を伴うようなセコイ思想ではない。しかし肝心のご本山がそれを逆行させながら保身に走る愚かさをヒシヒシと感じる。キンキラの衣装を身にまとい最前列で読経するボンサンは彼らにとって「崇拝の対象」のようであるが、その実、「誰よりも目立たないと阿弥陀ちゃんのお迎えからはぐれてしまう凡夫」なのだと、わたくしには思えてならぬ。
「念仏の声のするところにわたしはいる」と言った法然ちゃん、「我が遺骸は鴨川に打ち捨てよ」と言った親鸞ちゃん…宗祖たる人物でさえそのような見識であった、つまりは南無阿弥陀仏のみが偉大なのであり、それ以上にもそれ以外にも何もないという教えを再考すべきところであろう。
6/07 金 10.0   「京都の道は碁盤の目」というのは確かですが、細かいことを言えば決して平安のキ時代の形がそのまま…というわけやありまへん。あたりまえか(^_^;)
たとえば「坊城通」なんていう、」いかにも由緒ありそうな名称の通りなど、あちこちでブッチブッチ切れていたりするのです。あぁもったいない(-_-;)
きわめつけは、JR(新幹線高架)が八条通り沿いでズバーンと南北を分けているところ。昔は踏切とかいっぱいあったんだろうになぁ…。
おかげで、「八条坊城」にあったという、かの水上先生の叔父様が営んでおられた「下駄屋」の位置推定が難しくなっているのが至極残念なのである。おそらく、現在「八条源町」と町名表記されているあたりがそれらしい、かつ、その中で「家具・建具」と看板を掲げた家屋がもっともアヤシイ…というところまでは行き着いたのだが。朝も早よから玄関叩いて問い合わせる訳にもいかないし、そもそも「あくまで一個人宅」となっているひとの住まいに押しかけるのもどうかと思うし(-_-;)
まーしかし!「八条壬生川」を越えて西に向かうと、そこから延々「八条御前」まで、「北に上がる道」がないのにはマイッタマイッタ(*_*)
「♪テラトミフヤゴコ…」が有効な南限は「七条通」であることを学んだ次第。
6/08 土 37.0   奥琵琶湖(湖北)
「明王峠の恐怖」ふたたび(-_-;)
それは、高尾陣馬を毎週RUNしていた、その初期の失敗…その日は陣馬に行かず、明王峠から相模湖に降りようと決め、峠の売店でビールを飲んだことがコトの発端だった。程よく疲れた体にグビグビというのは、ことのほかマワリがよく、「あとは降りるだけでラクチン」のはずの行程が、まるで10時間かかっているような長い幻想の旅と化したのである。以来、「ビールは全行程(ほぼ)が終わってから!」という戒めになっていたはずのことを、今回再びやってしまった!という次第にて。
いや、あの琵琶湖ドライブウェイの売店が、すでに「これでRUN終了間近なポイント」なのだと勘違いしていたことがそもそもの失敗だったのである(-_-;)
クルマの通る林道とはいえ、そこは日常的とはいえない環境の中のことである。あまり…っていうか、あらゆる面でかなり良くないことなので、改めて猛省(>_<)
6/09 日 20.0   桂川…淀まで行こうと思ったが、中止。
(それとは別に)平安神宮のお庭を拝見した。「睡蓮」がことのほか美しかった(*^_^*)
観光客にも地元民にも人気の平安神宮だが、わたしにはそれを初めて見たときから、「ここにはカミサマがいるようには思えない」という直感があった。後になって、あの施設が明治時代に開催された博覧会の「パビリオン」であったことを知るにいたり、「やっぱしねぇ…」の感を強くしたものである。しかし今回拝観した、「お庭の睡蓮」の風景についてのみいえば、それは他の浄土系寺院のどこよりも「浄土世界」の一部を表現しているように思われたのであった。
思えば、「浄土式庭園」としっかり命名されている様式をもつ代表格である平等院や浄瑠璃寺の池に、睡蓮がないのはなぜだろう?…なにより、それがナイことをそのままに見ていたじぶんの感覚の中途半端さすら反省させられた次第である。
東本願寺などに咲く「ニョキニョキ蓮」とは違い、水面にようやく顔を出し、群れ成して咲いている睡蓮は「衆生往生」そのものではないか!これがなくして、なんの「浄土世界」ぞ!という感じである。
…平等院や浄瑠璃寺の池に、蓮の種をまき散らしに行きたい気分になった(*^_^*)
6/10 月 0.0   最近、めっきりTVを見なくなった。
…そのような状況で「たまに」見ると、そこではいかに「恣意的な情報操作」が行われているか、そして視聴することによって余計なストレスをため込んでいたかがわかる。
よって、なおさら見る気がしなくなった。
特に、「ひな壇芸人」なるものが、くだらないチャチャを入れるテの番組は最低である。
「化粧のビフォーアフター」のようなテーマはしょっちゅう繰り返されるところであるが、先日のそれは「50代の女性が20歳若返る」というもの。ピンクのファンデをだの、ばらつきのあるツケマをだの、挙句にはまぶたに両面テープを貼って釣り上げるだの、それはそれは「皮膚とカラダに気の毒なイジメ」を推奨するものであった。まぁそれだけならいつものことだったのだが、その「ビフォーアフター」の比較写真を見たあるバカ芸人が、「ビフォーの方は、借金取りに追われて逃げている女みたい!」と笑っていたのには、思わずのけぞってしまった(ーー゛)
いってみれば、ある種の疲労感のある表情というのは、40〜50代の女性なら多かれ少なかれ自覚している変化・現実である。そのような一般的なことを対象にして、最低最悪の表現をもって笑いのネタにするというのは、到底許しがたい。世のオバサンを敵に回すような発言なのである。かつてバカ歌手が「30女の羊水は腐っている」と発言し、干されかかったに等しい意味合いをもつようにも思う。少なくとも、こういう発言をそのままに垂れ流す放送局に「いじめが云々」と正論を述べる番組を放送する資格はないといっていいだろう。
本来、マイナスな印象となる年齢的変化をカバーするのは、「何をどう考えているか・どう生きている(きた)か」の内面的パワーに頼るべきものであって、執拗なまでの色づけや小道具での細工を施すことでは決してない。しかしそれが「あるべき努力」であるというのなら、わたしは「大いなるナマケモノ」でかまわない。
さらにいえば、最近の化粧事情からは、テクニックと財力があればいくらでも「詐欺まがいの作品」をつくれるものであるということを教えられている。それが「美しい」「女性らしい」というのなら、わたしはキタナクても女性と言われなくてもよい。あくまでわたしの考える「美の目標」は、ゲンさんと昭和館で出会ったパネル写真のおばあちゃんなのである。
6/11 火 8.0   ここのところ、RUN以外の外出はほぼ「サムエ」である。バイトの時のみ「仕方なくフツウ」という感じ。
サムエといってもヘタな服よりは相当高価なのである…ところを、激安サービス品になった好タイミングで購入したのだが(*^_^*)テヘッ。マイドナガラ、オカイモノジョーズ。
つまり、ここのところ大学構内でも「サムエなオバちゃん」なわけだが、このスタイルは先生・職員・学生すべての注目の的である(*^_^*)テヘッ、ケッシテ、ジイシキカジョウデハナイ。
さて、そのように注目される理由は?
@「すっげーキマってるやん!カッコええわ〜!」…という羨望のまなざし。
A「これから居酒屋のバイトにでも行くんやろな〜、大変やなぁ」…というねぎらいもしくは憐みの感情。
B「忘れ物した息子(娘)に飲食店でパート中のオバちゃんが届け物かいな?」…という部外者認識。
C「どっかのボンサンのできそこないか見習いか?」…というチグハグ感。
D「どうでもええけど、しょーもない格好やな!」…という蔑み。
…とまぁ、いろいろ想像されるわけではあるが、ワタクシ自身は、@以外あり得ない、という自負心をもって堂々構内を歩き回っている。それは、ワタクシが「キモノが似合う女」であるという確固たる自信により、したがってその類似変型であるサムエがキマっていないはずがない!と思っているからである。そのように自らが信じきっている以上、仮に正解がA〜Dでもそんなことは一向に構わぬ。もはやこれは「信仰心」にも近い感覚なのであろう。少なくとも、法に触れるような裸体でもなく、正装をしていかねばならない場所でもないところでは、「じぶんが一番よいと思うスタイル」であることがストレスもなく自由感があり楽しくもあるのである。
そもそも、わが「ぶだはっ」は、その学部構成の性質上、オジサンオバサン・坊主スタイルの人がうろつくことについて基本的に違和感がなく、たいていは「見たことのない臨時講師」「若くはないけど学生」のいずれかに意識される。もしワタクシが「講師」と思われた場合、この姿は「何らかのポリシーを包含したオシャレ」となるのであろうし、「学生」と思われたならば「なんだかビンボくさくてかわいそう」となるのであろう。ファッションというものに対する評価や価値など、時により人によりいい加減なものなものであるということは、46年も生きてくれば十二分に知らされているところなのである。
6/12 水 13.0   7日に引き続き…「やっぱり気になる下駄屋さん」…なRUN(^_^;)
八条通では、南北の通りが「どこがどこやらさっぱり」なので、本日は九条通から「坊城通らしきポイント」を北上。
結局、高架で行き止まりとなったそこは、「家具・建具」の看板のあるところではなく、「駐車場」すなわち空き地であった(-_-;)
…もはや、水上先生のご親戚はこの地にはお住まいではないのかもしれぬ。
ただ近辺に、少なくとも50年前ごろには繁盛していたお菓子屋だったらしき家屋があった。お寺を逃げ出した水上少年が、この店でお菓子を買ってもらったのか、もしくは買ってもらえず恨めしそうに眺めていただけか…そんな光景が想像できるものは残っているように感じた。
考えてみればじぶん自身、小学生時代の県営団地に当時を知る長期入居者はもはやなく、高校時代を過ごした超越的ボロ屋は駐車場となっている。20年・30年前でさえそのような状況なのだから、80年以上も遡る風景をそのままに見ることを期待する方が間違いなのだろう。それでも、昭和初期くらいの町の姿を彷彿とさせるところが散見されるこの京都ゆえに、「もしかしたら」の思いはつきないのであるが。
実際、京都には「○○天皇が云々」「龍馬が云々」というような、歴史的に有名な人物の行跡については、まるで「あくびをした場所まで指定する」かのような細かさで看板や記念碑が立っていたりする。それはそれでおもしろいし価値もあることだとは思うが、わたしはどちらかといえば、なんでもない人が普通のくらしをしていた、その名残を見つけることのほうがスキだ。
6/13 木 10.0   昨日に引き続き…「下駄屋さん」探し(^_^;)
…いや、スタート時間が遅かったので、図らずもその界隈をうろつくことになったわけでして。
しかし「3度目の正直」というのは本当である。
探索3度目にして、「あぁ、下駄屋さんならココでしたわぁ」と、すぐ目の前を指さして教えてくれた「隣のおばちゃん」に出会うことができたのだっヽ(*^o^*)/キャハー!
ただしそこは…南北としてはたしかに「坊城通」の位置にあるが、東西については「八条」よりやや下がった通りである。しかし当時は、九条まで下がらない一帯は全部「八条」と呼ばれていたのかもしれないと考えれば、ココがドンピシャなのである☆
ハイ、正解!…か?
東寺五重塔を背景に写真を撮る…というのは、今も昔も「修学旅行集合写真」の定番のようである。
本日は、朝も早よから東京の某中学校(あえて名前は伏せる)がそこにいた。どうやら学年全員で50人いるかいないかの集団に、昨今の「少子化」の現実を見た思いがしたわけだが、ふと他方に目をやると、そこにはその集団からはじかれたように固まっている10名弱のこどもたちが…一見して、いわゆる「特殊学級」(今はなんというのかわからないが)の子たちであることが明白な雰囲気であった。
はて…?????
わたしが中学生だった時代にも、知障児などが集まる学級は存在したが、彼らにはそれとは別に「親学級」なる存在もあり、修学旅行や運動会などの大きな行事の場合には、親学級に戻って行動したものであった。余談ながら付言すれば、中学時代を特殊学級で過ごしたターボも、旅行・運動会はもとより卒業アルバムでは親学級のページに、しかも、今や誰もが知っている超有名な俳優となった少年の隣にちゃっかり収まっていた。さらに付言すれば、その時点でターボはその少年より凛々しくカワユイ顔をしていたぞ…オット、アネバカ?(*^_^*)…ゆえに、このような修学旅行、しかも単なる「写真撮影」の場において、彼らが全員一緒にそこに収まることのない光景というのには、ひじょうに違和感…正しくは不快感を覚えたのである。まずは教育者側が「何を考えているのか」、さらに、こうした差別をそのままにしている「一般生徒の意識」は今後のどのように形成・発展していくか…という疑問と共に。
つまり、理屈上は調子の良い正論や理想のゴタクを並べながら、いざ現実にまみえるとそこには旧態依然の差別や疎外がある…ということである。数年前、養護学校の教諭が「まだまだ現実は厳しい」とこぼしていた、その「現実」を垣間見たような気がした次第である。
…さて、これとは別に、この光景を見て一番先に驚いたことは、「学年全体に占める特殊学級生」の割合の多さである。冒頭の通り、全体で60名そこそこの集団にあって、その約17%が「何らかの事情を抱えている」ということをそのままにみれば、現在「そういう子」なる存在が恐ろしく増えているということになるであろう。最近では、単に知障という以外の「問題児」も一般学級から外されるという、そのためなのかもしれないし、この学級自体が学区を取っ払って広範囲から対象者を預かっているからかもしれないが…。
しかし、ことは子供の世界だけにあらず…落ち込めば「うつ病」、チカンに遭って「PTSD」、集団行動を乱せば「発達障害」、決まった行事に参加できなければ「適応障害」等々、なんでも「病」および「弱者」にして扱うこの社会が、ほんとうに「やさしい社会」であるのかどうかということは、大いに考えられるべきテーマになるであろうかと思うところである。
改めて、よくよく世の中を眺めてみれば、「ハンディをもつ人にやさしい社会」が広がっているように見えて、それは事実上、そうした美しいスローガンを行使することで「ビジネスになる」背景があるところだけに展開しているように思われる。これは「地球環境」をテーマにした場合も同様であるが。
6/14 金 10.0  
6/15 土 18.2   善峰寺
ここは天台宗の寺院なので、「なんでもアリのホトケサマデパート状態」は構わないのだが、それがなんだか投合失調を起こしているような空気。ここは単純に「お花のキレイなお寺」として認識しておくのがよかろう。
そんなことより、一番に興味を惹いたのは、参拝客によるいわゆる「雑記帳」がしっかり製本されて並び、閲覧自由になっていたことだ。わずかな時間ながら手にした一冊は、なんと昭和58年のノート。失恋した女性がひとり旅でやってきて、相手への決別の思いと、まだ全回復していないながらもこれから先を頑張って生きていこうと決意している文章に触れたのであった。昭和58年に20代半ばくらいの年齢であれば、今はもう50代の女性。その時の恋の相手とは違う誰かと、幸せな家庭で母として妻として暮らしているのだろうか。
かくいうワタクシは昭和58年当時17歳。1年遅れで入った全日制高校の1年生として、モーレツにガリ勉していたころのことだ…現在、その時抱いていた夢には程遠いじぶんであるが、あのころ考えたこと・感じたことは今なお熟成を続けながら生き続けている。
6/16 日 20.0   ガリ勉モード。パーリ語。
幼少時から、仏教ないし仏教的思想には近い環境にあり、それらしき知識や情報はごく自然に身に付くところもあり、またある時期からは積極的に収集に励んでもいたわけだが、それが本格化した今、とんでもない時代のとんでもない国の言語に悩まされることになるとは…想像だにしなかったことである(-_-;)フーッ。
怪舎員時代、常日頃は控え目で上品でありながら、いざとなると先頭を切って英語がペラペラ…な女性が総務部にいた。得てして「英語のできる女」というのは自己主張と顕示欲の強いタイプが多いと経験上感じてきたわたしは、それとはまったく異なった彼女のありようと能力を心底「スゴイなぁ、羨ましいなぁ」と思っていたものだ。その旨を本人に伝えると、彼女は得意満面になるわけでもなく、「でも、英語そのものはただの道具ですから…」と笑って返されたことに、さらに感心と尊敬の念を抱いたことを思い出す。小学生から英語が必修科目になろうとしている現在、「英語(言語)は道具」という概念はフツウになったのかもしれないが、当時はまだ、「サンキュー」「ハロー」「マイネームイズ…」以上の何かをペラペラしゃべれる人というのは、どこか特殊で優秀な能力を感じさせるものがあった、その時期に「道具」という定義を教えられたことは、ワタクシにとってひじょうに貴重なご教示だったのである。
「英語は道具」なら「パーリ語は道具」もまた真なり…ここで躓いているようでは、せっかく持ち合わせているはずの「何か」を生かすことなく終わってしまう。現在「道具」を使いこなしているひととは違う、もしくはそれ以上の「何か」を表現する作業のスタートライン…っていうか、それ以前の準備段階で挫折するわけには断じていかぬのである。ガンバガンバ!(-"-)
6/17 月 0.0   現在のバイト先では、「10年後までの休暇表」が渡されている。
間違いなく、10年もいないですから。
…っていうか、1年もてばオンの字ですから。
「口だけ」「理論だけ」「理想だけ」…過去にも「そういう人」は何人も見てきたが、それは「大人数組織の中のある数人」という程度で、実質的には害も影響もなく、むしろ誰からも遠ざけられて過ごしている部類の存在だった。しかし、「そういうのしかいない少人数組織」となると話は違ってくるのである。そもそも、組織自体今後10年も存続するかどうかすら危うい内容の業務、かつ、何度も書いているようにわたしが最もキライなジャンルの業界、「相性が悪い」ほうがマトモなのでしょうが。
ハッキリ言わせてもらえば、「わたしが見たい京都、暮らしたい京都」は、こんなところを中心に据えて考えられる内容ではないのです。
6/18 火 0.0   ようやく、教授先生から「なるほど!」と言われる名訳を達成した(T_T)…苦節、2か月。
わたしは、じぶんで思うほど「おバカ学生」ではなかったらしい…明るいキザシ。
ここのところ、じぶんのなかで「計画」というものが一気にドドーンと具体化した。「できたらいいな」ではなく「やる」。
体調回復の理由も、この精神的変化が影響しているところ大かもしれない。
「このままで、済むと思うな、あるくだっしゅ」…アミダちゃんもついつい苦笑されることであろう、イチおばちゃんの「最後の本気」である。とはいえ、「ダメならダメでいいじゃん」のアミダ保険付きだから、とても大らかに突進中である。
6/19 水 0.0   鴨川は、すでに「濁流」状態でした!
おまわりさんも視察に出動?…しかし、模範的な「雨の日自転車スタイル」」を遵守していたワタクシは、にこやかにホメられちゃったのでございますよ。(*^_^*)ウヒョヒョ♪
しかし、フツウの通りに出てみると、そんな「ダサイ格好」で走っている人より、「傘さし片手運転」の輩のほうが断然多いわけで…(-_-;)
本日は、高辻通某所で「傘さし、右側通行、よそ見でキョロキョロウロウロ」なオバハンに遭遇。しかしそいつはわたしに近づくやいなや、「めっちゃ危ないやん! アホッ」とまさに逆ギレ以外の何物でもない罵声を浴びせかけたのである。イミワカメ。まともに対応して差し上げても良かったのだが、無駄な時間は過ごしたくないので無視しといた。
世の中、いろいろな人がいろいろな表現をもって評価されるが、ワタクシ的にいえば、ああいう人間こそが「バカ」「ブス」と呼ぶに最も相応しい存在である。
6/20 木 0.0   ほとんど土地勘のない「大阪」のある地域の社会見学を企てていたが、雨…(-_-;)
…っていうか、天気がどうこう言う前に、そんなことやってる場合か!ということで…ダニアースもせなあかんし。
【メモ】梅干し開始。
くしゃみをすると「他人がじぶんのウワサ話をしている」と言われるが、それは日本人文化圏の話。同じことが韓国では「耳の中がかゆくなると…」となるそうだ。
ちなみに、古代インド(今も?)では誰かがくしゃみをしたのを聞いたとき、「幸あれ!」と呼びかける風習があったということが経典に記されている。
まぁいずれも、かわいらしいレベルの俗世の風習というところか。
先日、たまたま立ち寄った古本屋で『俗信と迷信』という本を見つけた。その場で買えば2,000円…は高いが、このテの本は「ぶだはっ」には必ずあるので不自由なし。つまりタダで読めた(*^_^*)
この本は、終戦間もなく、「これからの日本は科学的に進歩した国家とならねばならぬ!」の意気盛んな時期に、迷信に支配されている日本の現状を調査した文部省プロジェクトの報告書のようなものである。内容自体、まさに「お役所仕事」であることを彷彿とさせる要素ないし不完全さは多かったが、資料としてはある程度価値がある…「買わなくてヨカッタ」と思う程度であるが。
この本の中で特に面白かったのは、「丙午」に関する記述。調査当時、過去に遡る直近の丙午は40年前…という人々にとって、「丙午のオンナは云々…」という概念へのこだわりはかなり低かったことが読み取れるのだが、だからと言って「そうした迷信が消滅した」とは言えないのは、その20年後の丙午すなわち昭和41年生まれの出生数が異常に少なかった事実からも明らかである。さて、新たな丙午はこれから13年後にやってくる。現在「丙午最新世代」の47歳が60歳、ちょうど「孫がウンヌン」の時期に該当するそのとき、彼ら(わたしを含む)はそのことをどのように取り扱うだろうか。おそらくそれは、「バカバカしいこと」とは重々知りつつ、あるいはそれ自体の善悪も意識しないまま、ただ単に「自らが体験した記憶の物語」としてフイッと口から飛び出し、親となる世代の意識に少なからず何らかの影響を与えることになるのではないかと思う。その意味で、平成38年の出生数やいかに?…は、少し楽しみなことでもある。日頃はまったく意識しないのに、いざそこに該当する事が起ころうとすると、人々はまるで辞書を引いて確認するかのような慎重さで、その良し悪しを判別する術を「言い伝え」「風習」に頼る。あるいはそれを知る人から強制され支配されることも多い。その根強さ・シツコサというものを、来たる丙午においても改めて思い知らされることになるのではあるまいか…。
ところで、この数年、京都の官公庁系の施設では、「三隣亡」「仏滅」「友引」等々の記されたカレンダーを使用しないという徹底化が図られているようである。それでなくても因習深いこの地において何とも画期的な心がけを始めたものだと思うが、完全な徹底化には今後延々時間がかかることだろうと思う。
まぁ、こうしたものを含め、占運術的なものはその「使いよう」によって、有効にも害毒にもなり得るものである。拘りすぎるのは良くないが、あまりに否定しすぎることは、日本人としての情緒的・文化的な秩序意識を損ない、問題があるように思う。そのあたりを適正にとらえ、「知的な共生」が望まれる…というところが、無理のない正解なのだと思われるのである。
ちなみに付言すれば、「俗信と迷信」の類のあれこれが、全国的に大流行し始めたのは、なんと「明治時代」であるという。文明開化・欧米化の動きに並行(対抗?)して流布されたといえるこの現象自体、何かと面白い考察のポイントが隠れているように思うがそれは省略。
6/21 金 0.0   本日、ちょっとしたビョーキになりました(-_-;)
アタマの…ではありまへん。っていうか、それはモトモト慢性化してる?ってか(*^。^*)
検査数値的には「かなり重症ですねぇ」らしいが、まぁ安静を要するとかそんなもんじゃないので、薬飲んでヘイヘイヘイ!としてりゃ、明日には治ってると思います。
しかし!オモシロイというかオドロキというか…は、そのビョーキにかかったということ自体ではなく…
「シンクロナイズドスイミング」…じゃない…「シンクロニシティ」とかいう現象、すなわち「奇跡のように思える偶然の一致」というのが、心理学やオカルトのジャンルで語られているそうだが、今回のビョーキに関する出来事はまさにそれ!(゜o゜)ウヒャーッ!
この数日、「○○に行きたい!」とかなり強めに考えていたワタクシ…昨日もそれを逃したりしていたわけだが…本日図らずも、場所こそ違え、まったく同じ名称「○○先生」の経営する「○○医院」を訪ねることになったのである。つまりは「○○に行きたい!」という「コトバそのもの」は一言一句違わず叶ったという次第なんであるのだ。しかもその内容がこれまた似て非なり…な要素をもつものであって、個人的に「これぞシンクロナントカ!」な実感をしたのである。
「○○」に該当する漢字二字が何であるか…書きたいけど書かない、書けない、書かないほうがイイだろうと思うので省略(知りたいキミはメールください、かなりオモシロイっすよ)。
考えてみれば一昨日、図書館で「シンクロニシティ」なるものを詳細に知ることとなった本に接したことも「偶然の一致」に含まれるだろう。その一冊は、かの有名な「ムー系」の単行本だったので、内容的には「???」な点も多かったが、一方では現実問題として学問的にマジメに追求されている分野でもあるようだ。なんでも、『リグ・ヴェーダ』における言及にも関連しているらしい(-_-)フムフム。
「奇跡に思える現実」という意味では、現在ワタクシが修論のテーマとして計画している内容の考察・参考資料になる点が多い。かなり大きな展望の中でも、このたびの「シンクロニシティ」な出来事は、ひじょうに貴重な体験となったわけである(*^_^*)コロンデモ、タダデハオキナイ、アルクダッシュ。
ところで、その「○○先生」、京大卒で勤務医から開業医に…の人らしいが、さすがは「学者的」というか、診察診断時の説明はある意味イランことまで詳細であり、ゆえにたいへん勉強にもなった(延々15分超、ターボの真の死因の可能性まで…実にありがたや)。バイト先でくだらん「ブルジョア世間話」に相槌を打って疲弊した直後のハートには、ムダなく、的確で、力強い話がことのほか清々しく入り込んだのである。「学者肌」というのはクセがある存在と言われるが、ワタクシにとっては最も相性のよいジャンルの人なのかもしれない。この世界でどんどんオトモダチを増やしたいものだ(*^_^*)
6/22 土 8.0   ボンサンに説教するボンジン。
「○○社○○長」と同様、「○○宗○○師」も…組織だの派閥だの役職・資格だの、まったくもってアテにならない…ということが、負け惜しみでもなんでもない真実だということだ。
零細企業の一社員、パートのおばちゃん…なんの栄誉も権威も与えられていなくとも、「今、自分をひたすら生きる」ひとのほうが、よほど「人生の師」であり、目標とするに相応しい。これも、見逃されている真実である。
「そのままでよい」が至上の思想である宗教宗派において、「そのままでよい」どころか「今より現実的負担を増加」させ、ある意味で「苦しく不幸な経験を積め」と言わんばかりの指導がまかり通っているらしい現実はどうしたものか。「子供がいないと父親・母親の気持ちを理解することができない」「貧乏にならないと苦しさはわからない」…だから子供を持て、貧乏を目指せ、とでも言いたいのか。ザッケンじゃねぇよ!(ーー゛)
子供がいないなら、同じようにいない人・できない人・つくらない人の気持ちがわかり、金持ちならそれが故にあるはずの苦悩を理解できる…「アナタそのまま」で救える人、役立つ場面は必ずある!…と、ビールの力も借りずにあそこまで強硬に主張でき、相手に納得される会話を果たしたことは、ワタクシオ的には珍しい現象である(6/5〜6の記事参照)。
さらにいわせてもらうなら、「子供がいないと親の気持ちがわからない」だとか「親にならなければ親の苦労はわからない」というのは徹底的に大嘘である。これは、多くの「おとな」がそれを共通の経緯事実として共有し、かつ、それが何事についても言訳になり武器になり、かつかつ、自分の存在的権威を確立するためにつくられた「迷言」に他ならないとわたしは主張する!「親」になろうがなるまいが、「かつていっしょうけんめい"親の子"であったひと」はては「犬や猫を大切に飼育した人」ですら、そこにそれなりの「感性」が伴っていれば次元は一緒になるはずだ。すなわち!「どこぞだれぞ」という後付の肩書きや、ムリヤリ身につけた「経験」なんぞ、な〜んも価値を持たないことの方が多いと判じて差し支えないのである。
6/23 日 0.0   三千院
詳細については拙ブログに。
UP早々、オホメのお言葉をいただき恐縮に存じます…って、こっちの記事もブログも、ソッコーモードでコメントメールを入れる○○さん、あなた相当ヒマ人?…っていうか、ストーカー?(*^。^*)ナンチッテ。
6/24 月 0.0   気色ワルイ。
およそ、一般企業で「問題」として取りざたされる諸要素のほとんどをこの半年で体験した濃密な職場。
さっさと手を引く。っていうか、手を引ける人間になりたいものだ。
6/25 火 0.0   気色ワルイ、その2。
自分のミスを徹底して認めない、できる限りだれかのせいにするために、存在したファイルまで削除して状況証拠をねつ造するスゴさ。休みだけど顔を出してみてヨカッタ。
その他、そこに関連する人間関係図等々含め、ありとあらゆる面でヤバイ。些少の関わりながら知らないうちに「P」に加担していたという事実よりも強烈である。期限は、「いい勉強になりました」で収められる程度で済むところまで…だ。
6/26 水 0.0   「あぁウザイ、雨が染み入る古ガッパ」…詠み人あるく。
そりゃ、16年も前に買ったモノやし、経年劣化を考えてもマトモに機能する方が奇跡なんやけどな(^_^;)
…でもって、可及的速やかに新しい「雨ガッパ上下」を調達する必要に迫られているわけだが…希望的にはモンベルのゴアテックス仕様くらいの品物が欲しいなとは思うのだが、やりくり的にはホームセンターの激安でもいいとも思う…悩むところだ(-"-)
@山行または万一の災害時の行動着として使用する可能性を加味すると、迷わずゴア…モンベルどころかもっと機能性の高い専門品が望ましい(基本的に、山道具一式を保持しているのは何かと安心だ…の一部)。
Aしかし現実問題として、今それが必要な理由は「雨天時の自転車通勤に支障のないために」ということであって、その視点なら、最大20分間の雨が凌げれば良いということになり、ビニールでもなんでもかめへんやんか、ということになる。
Bゴアであろうがなんだろうが、夏場にそれを着用すれば、汗が完全に放出されることはなく、ある程度のムシムシ感と洋服の濡れは生じる(経験上間違いなし…だから基本的にわたしは雨ガッパがキライだ)。
CモンベルVS他ブランドの機能品の差額は1万円以上、モンベルVS一般品の差額は4000円程度。
Dそもそも、いつまで「雨天時の通勤に雨ガッパ必須」の状態が続くのか。また、現在のバイト先の通勤時にそれが必要となる回数はどの程度なのか。
…等々、考えるポイントは多岐にわたるのである。モンモンと考えつつ、次回の雨天時も冒頭の句を詠みながら、京の町をすっ飛ばしているじぶんの姿が目に浮かぶ…(-_-;)
6/27 木 12.0   先週に引き続き…やっぱし一度は「○○が見たいなぁ」という願望がウズウズ。
そしたら…
またもや五条通で「○○運送」と大書された運送会社のトラックに遭遇(゜o゜)ヒョエ!
「○○が見たい」そのものは、またもや達成されてしまったのである!シンクロ第2弾!…っていうか、ナニモノかが本当の○○行きを回避させるべく念力(ギャグ?)を連発させているような気がしてきた…(-_-;)
…というわけで…というわけではないが、本日もミッチリお勉強モードな1日を過ごすことに。熟慮の末の結論として、「とある俗世の資格取得」をコソコソ目指すことにしたので、カリキュラムはますますてんこ盛りになっているのである。
畢竟、RUN距離の伸びや旅RANの機会は少なくなっているが、実はこちらの方でも「とある450`旅」をコソコソ目指していたりする(^_^;)…現在のRUN距離そのものは、過去に比すればなんともナサケナイ状態ではあるが、この450`旅達成のためには、「ただ走ってりゃいいってもんじゃないよ」的な要素がふんだんに盛り込まれているのであって、その方面での準備は現在着々進行中であるからアセリはない。
6/28 金 2.0   バイト中のことながら、スピードトレーニング並みの全力疾走を行った分を特別に加算。
数日間の抗生物質服用でカラダから雑菌が抜けてくれたせいか、「筋肉にみなぎるパワー」を実感するこの数日。
マナー(迷信と呼ばれるものの一部を含めて)というものが、最近では軽視されがちな傾向にある。これもまた「個人の自由」というものが最重視されるようになった世相の反映かと思われるが、さりとて「自分の感情の赴くままに言動し、失敗したら謝ればいい」というだけでは、そこで損なわれる人間関係は甚だ多く、問題が多いことであろう。フォローしようとしても時すでに遅し、となる場合もあるのである。
実は、こうした「マナー」のあれこれとは、それを「決まりごと」「知識」として覚え守ろうとするまでもないことであるとわたしは思う。「その時々、何をどうすることが他人や事物に対して最良の環境・結果になるか」ということ、そして最大限の気持ちを込めながらの言動に留意すれば、その振る舞いがすなわち「マナー遵守」に合致していることが甚だ多いものだからである。実際、マナーブックなんぞまともに見たこともないわたしが、そうした「考察」を経由してうまくいった、あるいは結果オーライだったケースはごまんとある。
したがって、「何もかもヨッシャヨッシャ」な関係性がない状況で、通常一般に言われる形式的なマナーなるものをあまりに逸脱していると感じる人物に対するとき、それはその人が単なる「非常識」「無知」というより以上に、相手に対する感情的評価…「キライ」「避けたい」「無関心」「邪魔くさい」等々が包含されているものと考えて間違いないことだろうと思う。
あとは、自分自身がその相手とどう関わっていくか、無視するもよし、適当にあしらうもよし、関係改善に向けて奮闘努力するもよし…それは自身の思惑次第なんである。…以上、レクチャー終わり。わかったかね、shinakoくん。
6/29 土 22.0   山崎〜天王山〜西山大仏〜柳谷観音
歳とってからの「健康サンポ」にも最適と思われるコース
6/30 日 0.0  
走行距離 246.6  km