あるくだっしゅ  
地域 : 京都    年齢 : 戸籍上57歳、精神年齢13歳、カラダ年齢34歳(タニタ計測)、体の硬さ75歳
一言 : 
ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*)           ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*)           ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*)           ふっふっふ…あるくだっしゅ、またまたまたまた登場しちゃいました〜(*^▽^*) 
月日 距離 内容 タイム メモ
5/01 土 20.0   ぶだはっ並びに鴨川。
卒業後、気がつきゃ既に待ったナシの院受験生…ぶだはっとのお付き合いも再開だっ(~o~;)
「いつもと同じ」はずの道にも、数々の変化。千丸に「坦坦」の支店ができてるわ、北大路の「汚点紫」の手前に陶器の店はできてるわ…まちも、しっかり新陳代謝している。あるくもバリンバリンやるどー!
こんな風に思ったのも、昨深夜の「梵天勧請」のおかげだ。草木も眠る丑三つ時ジャスト、異様に黄色い月を眺めながら考察した「内容」は、ほぼ間違いのない「あるくのあるべき道」だろう…要するものは果敢に取り入れ、不要なものは徹底して排除する。「あれもこれも」の許容量は、もはやあるくにはないのだ!
5/02 日 20.0   キャーキャーキャー♪
ワーワーワー♪
烏丸御池(市役所前)で大量のおまわりさんに遭遇!機動隊みたいのもワラワラ出てきて大コ〜フン♪(^v^)…「なにかあるんですか?」と聞いたら「別になんでもありません」って、んなアホな!…府立図書館前の都めっせでは、古本まつり開催中!かねてより入手熱望中の仏教書をGET!喜びのあまりニンマリニヤニヤしながら再び烏丸御池に戻れば、なにやら右翼的デモの準備中らしき若者たちがワラワラ…おまわりさんたちの大量集結はこのためだったと判明。
通常RUNコースなのに、今日はイイモノいっぱい見ちゃった!なんであった(~o~)
5/03 月 0.0   え〜っと。
あの〜。
小倉に行くはずのしゅ〜る之助が急遽予定キャンセル(゜o゜)オーマイガーッ!本当なら、今日発で「いけるとこまでブッチギリ琵琶湖大会」を開催するはずだったのだが…がががが、それには必須であったアイテムの到着が遅れに遅れ、どっちにしてもこの計画はオジャンになる運命だったよ〜だ(>_<)
5/04 火 11.7   鴨川出町
思えば、RUNに関してこんなに「おとなしいGW」とゆ〜のも珍しい…
ここまでくると、イイカゲン「こりゃーなんとかしなきゃ!」と思うのである。
5/05 水 17.0   嵯峨清涼寺にて、本来ありえない「ご結縁」をいただき、カラダジュウヤルキマンマン!(~o~)オッシャー!ヤルドー!
単なる偶然と言ってしまえばそれまでのことだが、あるくにとってこのタイミングにこの出来事…の意味はデカイ。
愛宕山では、みおさめギリギリの「ミツバツツジ」に再会。
高尾ボルダーに比して言えば、陣馬山からバスに乗って駅まで帰ったくらいの(当時としては邪道)距離だが、思うところ多々あり、なかなか有意義であったんであるのよ。
「歩く、ふつうに走る」程度ならノープロブレム程度の足が、+αの環境におかれるとまったく使いモノならない状態であったということを知る。怪我して縫ったあとの右ひざ、「筋繊維か神経が切れてんじゃないか?」と思うほど「感覚と力」が通ってこないのだ…実質的に、足運びは完全に左を支点力点にしまくっている…これはあるく的一大事!であるので、急遽登りコースをトレーニング会場と化し、通常「10/10」でいくところを「5/10」または「0/10」で進みまくった(この数字は、本人以外意味不明)。
映画『GIジェーン』で、激しい訓練中「どうだ!痛いか?苦しいか?」聞かれた兵士が「イエッサー!(なんとかしてください!)」と答えると、「感じると言うことは、生きている証拠だ!もっとやれ!」という…あのシーンを思い出した。確かに、「痛い・苦しい」のは「生きているから」こそだ。ほんの一瞬でも、「右ひざ、死んでる?」の恐怖感を抱いた今回のあるくとしては、このことばをひじょうに感動的にこころで反芻していたのである。
その他モロモロ、「あるく的RUN」について、ひじょうに深い考察ができた…いやぁ、山RUNって、ほんとにスバラシイですねっ。
5/06 木 6.0   超スーパースペシャルビックリなRUNチーム設立への構想を練る!
ユニフォームなんかアッタリマエ!スッテカーも作ってあちこちベタベタ貼り付けたくなるようなカッコイイRUNチームだ!
しかし、構想立案した本人(あるく)が、そこに定められた規定にイマイチ則っていない状態である。しかし近々、必ず実現するのだ!ヽ(~o~)/(それは、本人以外意味不明のコンセプト満載である)
5/07 金 3.0   このろくでもない、すばらしき世界。
「缶コーヒー好き」な宇宙人でなくても、しみじみ感じる今日この頃。
東から西へ。人生最大の大冒険・大移動でやってきたこの新しいまち・京都でわたしが学んでいることは、かつての状態を維持していれば絶対に経験することのできない、そして感じることのできなかったはずのアレコレにあふれている。1000メートル級の山RUNが身近に楽しめないことなどヘノカッパというくらい、すばらしいことばかりである。
おそらく「たびびと」のままでは、あるいは「コテコテ京都人」であったら認識し得ないであろう「京都の魅力」というものを、最近確実に掴んだような気がしている(じぶんなりに)。…それは、歴史文化伝統もさることながら、もっと細かく、そして奥深いところに存在していたのだ!ビバ、京都☆ヽ(~o~)/
5/08 土 24.0   鴨川・ぶだはっ・古本屋・府立図書館・激安ショップ・好日山荘・ジュンク堂様・フレスコ・まつもと…なRUN(~o~)
道中、バイト先の関係業者やお得意様を次々発見(゜o゜)アレッ、ココニモ?…「人はみなお互いに助け助けられ」によって成り立っているものであるとゆ〜ことを、心底実感できるのは、このように凝縮された範囲の中でその現実を見ることができるからであろう。これが、「そのような土地に、そのような身分に我が身を置いた」からこその幸いでなくしてなんであろう。
@おなじみ、二条の「スイメイドウ」で、大正と昭和初期の「女子心得」みたいな教科書をGET。お堅くいえば「比較文化」であるが、平たく言えば「現代ではもはやギャグ化したお行儀」みたいのが満載だろうと想像している。ある意味、ヘタなマンガ雑誌よりも楽しいような気がする。1冊100円を3冊お買い上げ〜(~o~)
A「おばちゃんの、日常的オシャレゴコロ」を満足させるような激安ショップを発見した。今日のところは、かねてより目をつけていた「ダースベーダーサンバイザー」を399円でGETしたに留まったが、今後折にふれノゾキに行くこと間違いなし。この店は、京都たびびと時代、あの「ぼったくりトマト事件」が起こった同じ通りにある。…ふふふ、ようやく敵討ちができるぞ!と、まったくスジ違いのトバッチリ的な思考の犠牲になった…かわいそうな仁王門通。(~o~;)
Bぶだはっ構内の大垣書店にもないような仏教専門書が、フツウにおいてあったりしちゃう「アナバ的書店」が、四条の「ジュンク堂」なんである。今日も他ではほとんどお取り寄せになる研究書が、在庫出しピカピカで即入手!ヽ(~o~)/…ここは案外、仏教研究者には頼もしい存在かも?である。レジに行ったら「おとりおき棚」には、『パーリ仏教辞典』なるものが!一体誰がお買い上げに?…25000円はとてもじゃないが簡単には手が出せない今のあるく、ぜひ、お友達になりたい!とヨコシマな欲望がメラメラしたのであった(~o~;)
…こうして、学問・余興・日常生活のあれこれをフォローするRUNをで過ごしたのでありました。…てぇ〜か、こんなこともこの狭い範囲にあれもこれもギュウギュウ詰めになっている「京都のまち」のおかげなのであります。
5/09 日 23.7   三室戸寺…もはや恒例となった「花よりダンゴ」なRUN。
コースはしゅ〜る之助に同じ。
観月橋から宇治大橋をつなぐ細い道(たぶん府道)では、対向車同士の事故現場に遭遇★RUNするひとにもこれは他人事ではないのだが、そういう危険な道に限って景色が良かったりすることもまたマタ多し。あるくとしては、宇治行きのコースとしてはイチオシなんである…。
5/10 月 3.0   最近、自転車通勤をやめて昔懐かしい通勤RUNにしようか…と思ってみたりするが、それはまだまだ気候が穏やかだからのハナシ。あと2ヶ月もしたら、それどころか「在宅勤務」を熱望するような暑さになるのだ…(-_-;)
たとえまちなかの小さな会社でも、あるくが働いていると急遽「大企業」になってしまう秘密とは…(~v~)
京都市役所のある部署の人が、TELをしてきた…用件を終えて、折り返しのTELの約束並びに先方の電話番号を尋ねたところ…
「え〜、こちら京都075の…遠いところすみません」だって!…(~o~)ギャハハ!
京都ナマリ一切ナシ!なワタクシを相手に話しているうち、彼はなにやら大規模な「コールセンター」か何かにTELをしたというような幻想に覆われてしまったようなのだ…オイオイ、市内局番で通じたでしょ?って(~o~:)
5/11 火 3.0   「超スーパースペシャルビックリなRUNチーム設立」と書いたら(6日)、旧知の方々から想像以上の反応あり。「入会希望!」「ステッカーくれ!」等の申し込み殺到!…てなわけはなく、「いったいど〜したんだ!」系のコメントばっかし!しゅ〜る之助でさえ「オマエからそんなセリフが出るとは信じられない!」。さらには、さる長老から「おやめなさい」と冷静に忠告されるに至っては、なんだかおっかしくなってしまった(~o~;)
「そんなもん」、つくるわけないっしょ〜。チッチッチ(~o~)b”
…と、そんな中、「あるくさんのいう"RUNチーム"とは、かくかくしかじかのことを意味しているのですね!」と、大正解をかましてくれる人がいたのであった。Sくん、Kくん、Hくん、アンタはスゴイ!(…と、該当者以外意味不明の通信)。
で、その「超スーパースペシャルビックリなRUNチーム設立」のために、現在のあるくが準備している内容の一端を示せば…
@グラサンを買った。UVカット長袖シャツを2枚買った。NBがこのままの形状なら、ソロモンのトレイルシューズを買おうと思っている。
A8月にぶだはっの院試を受けようとしている。
B電車やバスを有効利用しようとしている。
Cアルバイトを適当に、しかしガンガンがんばる。
D食餌コントロール。
…見た目、RUNに関係あるのかよ!ということが、実はアリアリなこと。すべてがうまく回転し始めたとき、その畏れ多い「チーム名」を冠する資格ができるという次第なんである。(…と、これまたわかるひと意外意味不明)
5/12 水 3.0   この歳で、この都市で、今日はRUNするかどうか?なんてことを、暮らしのひとつの課題にしていること自体の幸福(-_-;)
早ければハタチ以上、遅ければ乳幼児だが、一般的になら「中高生のハハ」をやってるこの時期、私の人生は本来「ひとつのようで2分の1」の容量しかないはずだ…。
ある中学で、集団万引きが発生(発覚)した。すべての…とは言えないだろうが、父兄や教師の対応はかなり誠実でマトモであり、次々「被害業者」への謝罪行脚が続いているという。
「その被害当事者」となった知人の話によれば、「母子二人で生きている、こどもにはそういうことだけはしてほしくないと思いながら育ててきたのに申し訳ない」と涙ながらにアタマを下げる母親、父親が硬い表情と姿勢を崩さず緊張している姿などに対応したという。
…おそらくは、わたしとほとんど変わらない年齢の人が、どんなに情けない思いで、つらいことであろうかと思うとき、どこか胸の詰まる思いがするものであるo(>_<。)O
どんなこどもであれ、親である以上は「親を成し遂げなければならない」。がんばってほしいと思う。現時点では、「それがない分、わたしゃ〜楽だ」ということは確かなことだが、その分行く末の支えがないという意味では「労苦はトントン」なのだ。このジャンルに関してだけは、わたしは「切ない思いを先送り」しているだけのことである。覚悟はできている。それをいかに軽くブッチギリまくるか(健康第一)の手段のひとつとして、「今、RUNすること」の意味も含まれている。
5/13 木 6.0   【過去の発言の微調整】
「京都人の郷土愛はスゴスギル」的な発言を何度かしてきたが、これは必ずしも「京都人すべて」に適用される公式ではないことが判明しつつある…改めて言い直せば、「そういう傾向が強い人が多い」ということになるだろうか。
東福寺近くの老舗のお嬢さんも、壬生寺近くのおばさんも、「たまたまそこに生まれてずっと生きている」だけのこととして、どこにでもいる人と同じように過ごしている。「二条城に30過ぎてから初めて行って、福井から観光に来た親戚にいろいろ案内してもらったわ〜」なんて笑っているのである。
また、「東京には憧れるわ〜」と、こちらの話にお世辞抜きの興味を示してくれるような「ふところ」も、しっかりあるのだ。
こうなってくると、「あそこはアカン」「やっぱり京都や」なんていうセマイ人間が、かわいそうになってくる。
もとより、なによりはまずわたし自身が「京都を特別視」していた、あるいは過去の居住地との比較対象として「京都を眺めていた」…その前提があったために、無意識のうちにも「京都ということ」をクローズアップした視線をもっていた。これまで、それが「誘引オーラ」となって、偏った人間や情報を集め、また刺激的に受け取る結果になっていたのかも知れないと思う。
金閣銀閣・二条城・御所・本願寺・清水寺・まんがミュージアム・祇園祭…およそ「京都の名所・特色」といわれるようなところを、詳しく知っているほうがむしろ恥ずかしくなるくらい、「そんなん、よう知らん京都人」に、最近は続々と出会い、親交を重ねている。要は、マリンタワーに登ったことのない横浜市民が大多数であること、東京都民がはとバスになんぞ乗りゃしない、それと同じようなレベルで「わがまち(たまたま京都)」に過ごしているのである。
どこに生まれ育とうと、そして暮らそうと、同じ世代を生きたからこそ理解共感でき、深められる会話のできるような人間関係がまずは何より大切。それが着実に現実化している「じぶんの落ち着き」に安心感を覚える今日この頃である。
5/14 金 20.0   京都第一ポピラーコース(半分)+京都第二ポピラーコース(半分)…途中、知恩院さん(0/10)みゆき堂にてアミダちゃんと朝問答。
早朝奇襲攻撃で最初ネボケていたアミダちゃんも、そのうちイイコト言い出した。
「いかにあるべしや」
「かくあるべし」
本日、見事に赤信号にひっかりまくり。毎度おなじみ東山二条は言うまでもなく…しかし、ここまで百発百中となると、むしろ青信号でスルーできたときのほうが何かありそうで怖い…(~o~;)
んがっ、しかし!
赤信号でボーッと突っ立ていると、「あれっ、そうだったの!」といまさら見つかる事実っていうのがまだまだあるもんだ。
烏丸丸太町北西角にあるマック(関西ではマクド)店舗は、かつて「本屋」さんであったことが判明。さらに北上した烏丸今出川北西角にあるモスバーガーも、昔は書店だったのでは?という雰囲気がある…。わたしが「たびびと」を始めた頃には既に今の風景だったが、それ以前の風景を記憶している人にとっては、こういう変化はさびしいものがあるのだろうなぁと思う。たかだか10年の「烏丸通(ツウ)」のわたしでさえ、寒々したコンクリの校舎がレンガになっちゃった名門大学(らしいが個人的に大キライ)の一部とか、『炒』の看板が『ハンバーグ屋さん』に変わっているのがちょっとつまらなかったりするんだからね…。
しかし反面、あるく的には「ちょっとウレピー♪」変化もアリ。神宮通にいきなり「ラーメン屋」が登場してたのだ!これまで、あの地域では唯一観光客が行列をつくり、ひとり勝ち状態だった「うどん屋さん」は戦々恐々でありましょう。観光客じゃなくても興味シンシンさっ♪o(~o~)o
5/15 土 10.0   明石へ潮干狩り♪
兵庫は神奈川に似ている。神戸VS横浜の歴史的類似性なんてところでなく、「空気そのもの」が似ているのである…ということを実感したのである。
あるく、「旅RUN関西版」のターゲットは、どうやらここになりそうだ…の予感。交通費は高くつくが、たまにならいいっしょ〜!
5/16 日 10.5   桂川・嵐山
コースはしゅ〜る之助に同じ。
「細胞が、再びRUNを楽しみ始めている」感じ。「やったほうがいい」「やらなければならない」を越えたようだ。ヨシヨシ。
5/17 月 0.0   四条通(烏丸〜川端)・錦・寺町は、自転車運転禁止区域である。…禁止されなくても実際乗れたもんじゃない。
しかしあえて、そこに自転車で行く!午後からバイトなのに、優雅に歩いているわけにも、汗ダクRUNで行くわけにもいかないからだ!…工夫すれば、目的地まで極力自転車に乗れるコース取りは十分可能!
京都におけるこの数年、あるくの犯していた「大きな間違い」を反省している。
思えばサガミハラ時代、町田へ買い物に行くのに必ずRUNで出かけていたか?…電車だった。高尾ボルダーへも、高尾山口までは電車だったじゃないか。…「なんでもかんでもRUNで」といいつつ、実はしっかり「RUN VS 利便性・効率性」というものはよく判断されて切り分けられていたのだ。
ぶだはっに行くときも、「たびびと」の当時はそれがベストの選択肢だったからRUNで行った。今はRUNよりはるかに便利な206番も自転車もある。こういうところを、「RUNで」という手段にこだわってきたことのアホさ加減に気がついたのだ。
改めて自らに言う。「ここは、もはや日常生活の京都」であり、「旅先の京都」ではないのだ。ウカレテルノモイイカゲンニシヤガレ!…ってそこまでいうことないじゃん!★(-_-;)
5/18 火 0.0   【あるくRUN予報】
京都地方、本日夜より明後日午前中にかけて、雨の模様です。
よって、明日のRUN距離もゼロとなるでしょう。
【予報を受けてのあるく所感】
「RUN不可」となって、「ムフフ、ラッキー!」というほど気持ちがRUNから遠ざかっているわけでもなく、
さりとて「なんだとぉぉ?コンチクショ〜!」と悔しがるほど日々のRUNに執着しているわけでもない。
そんな現在のじぶんが、気に入っております(~o~;)
…てな余裕かましているのも、雨上がり(のはず)の明後日、ひっさびさの「夜RUN」を決行する計画があるからなのだぁぁ〜o(~o~)O
バイト後、約3時間弱…やるときゃやります!で、かつての通勤復路RUNのノリでやるつもり。よって、思わず足を止めてしまう魅力にあふれる三条通はコース対象外にする。
サンタイを思い出し、大文字山でも行ってやろうか!と思ったりもしちゃうが、帰宅後に「ヨッパライ」のお世話もしなきゃならないはずだし、テキトウに体力は残しておいたほうがいいだろうね(~o~;)
5/19 水 20.0   【あるくRUN予報・ハズレ】
深夜、確かに雨は降っていたのだが、4:30ごろにはウス曇り…
「これならいけちゃうジャン!」なのであった(~o~)
コースは14日に同じ。
「カーボローディング」「アミノ酸」等々、数知れぬ栄養供給方法、「時間帯」の有効性、腕ふり・足運び、呼吸法に至るまで、「RUNにベスト」なコンディションやスタイル作りに関しては、「いかにも」な理想論が出ては消え…を繰り返している。
かつて、「腕ふり」をほとんどしないことをウィークポイントとして指摘されていた高橋尚子も、金メダルを取ったとたんに「それが彼女のベストスタイル!」と評価が急転上昇したものだ。
つまり、「ベストなRUNスタイル」なんぞというものは、それぞれが自分で試行錯誤しながら、あるいはごく自然につくられていくものなのだ。
あるくの小中学生時代は、まだ「女子マラソン」なんてものがこれほど脚光を浴びていなかった(同年齢の有森裕子氏が、どういう経緯で第一線のランナーになりえたのか、未だに不思議に思うくらいだ)。
当時、せいぜい1.5キロ程度に「長距離走」というタイトルがつけられていた体育の授業で、「長い距離を走りきるには"吸って吐いて"のフツウの呼吸ではなく、"スースーハーハー"または"スースースーハーハーハー"としたほうがいい」と、先生はオオマジメに指導していた。たまたまそのときクラスで一番を取ってしまったあるくは、「より速くなりそうな、異質な感じのする秘策のようなその呼吸法」を素直に受け入れ、以降実践するようになった。
あれから30年の時が流れた現在も、RUNするときには気がつけばその「スースーハーハー」が定着している…カラダが覚えたクセというのは恐ろしいものだ。いくら走っても、ある程度のペースを超えない限りまったく普段通りで呼吸を意識するようなことはまったくないし、気分のいいときは演歌やPOPSを正調で歌えるなんていう余裕も、この呼吸法のおかげなのかどうか…そもそも、そんなことが真に有効なのかどうかも定かではない。同じ時代に「当然」であった「スポーツ中は水を飲んではいけない」は、まったく逆の評価になっていることを考えると、これも今では案外「危険な呼吸法」とかになっていたりして…(-_-;)
…んがっ、どういわれていようと「あるくはこれで、やってきました」なので、もうしょうがない。外野の理屈を越えた「MYベストスタイル」なのだろう。
世の女性は、この"スースーハーハー"に似た呼吸法で新たないのちをこの世に生み出すという。しからばあるくは、同様の呼吸法によるRUNの中から、日々新陳代謝された「新しいじぶん」をつくりだし、世の中にそれを表現していこうではないかo(~o~)O
5/20 木 35.0   予定通り!夜RUN大会☆
さんざん迷った挙句、まぁフツウなコースにした。
千本以西の三条通から広隆寺⇒桂川⇒清涼寺⇒きぬかけの道⇒暗闇RUN(迷う)⇒金閣寺⇒千本北大路⇒鴨川⇒知恩院さん⇒五条
なんというハイテンション!朝RUNに負けず劣らず、絶好調なペースで、じぶんでも驚いた(゜o゜)
やっぱし、日常的RUNは朝または夜があるくにはベスト!…これまた長年の生活リズムの中で出来上がった「バイオリズム」みたいなもんなのだろう。
平日の昼間は、「働けあるく!」or「ベンキョーしろ!あるく!」ってことダネ!
このコースは嵐山やら金閣やら、かなりの名所を含むはずなのだが、時間帯によっては「ただの車道」だったりする。まぁ、そういう「なんでもないじゃん」な感覚で京都の町を楽しめる時間帯にRUNできるっていうのも「ある種のぜいたく」であるわなぁ。
…てなことを考えながら、金閣を過ぎて、そのうち「北大路」に出るつもりでいた道をズンズン行くと、なんだか真っ暗闇の林道みたいなところに突っ込んだ。それでもなお「いずれは明るい北大路」と信じきってそのままズンズンズン…イイカゲンヤバイと思って引き返した地点は、今地図で確認したら「どうやら鷹峯」のようだった(-_-;)
またやっちゃったぜ!…な、「恒例・道迷いあるく」。RUNの調子も、RUN中のクセも、まだまだ相変わらず健在!のようである(~o~)ハハハハ…ハァ〜…。
しかし、「スッゲー危なそう!」みたいなところでは、普段には出ないようなハイペースで走りきってもヘイキのヘーであるという「体力温存状態」や「健全な恐怖感」も、これまた以前と同じように保持されていることも確認できた。ヨシヨシ♪(~o~)
5/21 金 0.0   午前中、天満にいく。JR新快速は相変わらずオッソロシイほどのスピードであった。久しぶりに再会したお友達との会話は絶好調におもしろかった。
…と、このこととはまったく関係ないのだが、今日のRUNはナシ(~o~;)
本日、「体躯」の調子がすこぶるヨイ。昨日のRUNが…というにはありあまるほどなのだ♪
なぜこんなに「カッチリイイカンジ」なのだろうと、その原因を考えてみると…
「ヨッパライパワー」に負け…通常であれば、イビキ攻撃に際して、チョンチョンとカラダを突くと一応はおとなしくなるはずの対処法がまったく利かず、このままでは濡れ雑巾を顔にかぶせでもしなければ安眠は得られず(しかしそんなくだらない殺人犯にはなりたくない)との判断により、隣室に緊急避難し、フローリングにタオルケット一枚の「敷布団」で一夜を過ごしたのである…まぁなんてカワイソウなんでしょう…と思いきや、どうやらこの「堅さ」が、イイカンジにカラダを「整体」したような気がするのである。
むかしむかし、信長さんあたりにまで歴史を遡れば、どんな偉い人でも布団なんぞという贅沢なものはなく、板張りに藁などを敷いて寝ていたという話を聞いたことがある。どうやらあるくは、そんな時代の遺伝子を今もって継承している肉体の持ち主なのかもしれないと思う。
思えば、身長も体格も食べ物の嗜好も、きわめて「現代的ではない」。今では「長距離RUNができる」というくらいの特徴にしかならないことも、往時は「できてアタリマエ」の体力程度だったのではないだろうか?…一度、エバラに前世の判定でもしてもらいたいくらいだ。
…って、実際やってもらったら、「人間ではなかった」なんて判定が出るかも?なので、やっぱしやめとこう。
5/22 土 28.0   東山トレイルコース付き休日RUN。
道中に思いついて、山を降りたあとスイメイドウと其中堂へ。
本日の掘り出しモノ…明治時代の「尋常小学校修身書」2冊、昭和3年版の「児童童話集」1冊…1冊100円!こんなに安くてえ〜んかい?
「月200キロRUNしてれば、フルマラソンは完走できる」という話を聞いて、「ウッソー?月に200キロ走るなんて考えられない!(゜o゜;)」…と、マジで思っていたのが約10年前のこと。
そんなあるくも、今では「最近RUNしてるんだかしてないんだか…」という状態にあっても、気がつけばフツーに200くらい越えている…。はて、「月200走れば…」というあの法則は、「気持ち作り」のことなのか「カラダ作り」のことなのかはハッキリしないが、とりあえず現時点で「かつて信じられなかったじぶん」が存在していることは確かなことだ。
同年代の一般的女性と並べて考えるとき、これを「恵まれている」とするか「異常」とするかの結果論は、今後のじぶんのありよう次第にかかってくることであると思う。いろいろな意味で楽しみだ(~o~)
5/23 日 0.0   すごい雨で。
こういう休日はふつうのデートをするのだ!とのしゅ〜る之助にくっついて京都駅へ。
近鉄エリアの中華料理店で「ターボ」に出会った…明らかに知的障害を持っている外見や動作の青年が、大きな旅行カバンを持って一人旅のようだ。食べたいものを注文し、運ばれてくると「ありがとう!」と大きな声でお礼を言う。実に行儀よく食べ物を口に運び、うっかり落としてしまったものはきちんと拾って空いた皿に入れる。ごはんのおかわりを注文し、食べた後はきれいに口を拭いて、財布の中にある1万円札を確認してニッコリしながら、会計を済ませて出て行った。
…ひとくちに「知的障害」と言ってもそこには千差万別の能力程度や特性があり、中にはフツウに社会的常識を教え込めば問題なく生活が送れるようになる子も、ある突出した能力(を持っている場合が実に多い)を生かして一般人顔負けの生き方を実現できる子もいる。そこを、不憫さあまってついつい過保護になりすぎる親や、「知的障害だから」とくくりつける社会が、彼らを「生活障害児」にしてしまっている側面が多々あるものだ。その意味で、この青年の親は、彼を「一人前の人間」にすべく、どれだけの涙を飲み、こころを鬼にして「親を成し遂げた」のだろうと思うとき、万感胸に迫るものがあった。
そんな彼らを「バカだ」「キチガイだ」「触るな」「うつるぞ」等々、ただいまさかんに騒がれている「口蹄疫」のように、「決してそんなことはない」ことを執拗に差別化した時代はウソのように過ぎ去り、少しばかり町なかで奇声を発したところでそれを好意的に無視する人々も、社会には多くなった。
障害福祉に関する理解関心が高まった「やさしい社会」が実現している喜ばしい状態ともいえるが…別の見方をすれば、「あくまでフツウに見える人間が凶悪な危害を及ぼす」ような事件が頻発するような時代にあって、「一見してわかる(=安心できる)異質感」を醸し出す彼らが、恐怖や排除の対象から外れてきたからではないだろうかとの想像もできるのである。(かつての障害者差別社会での体験をトラウマ的に保持している人間としては、現在に至って全国民が理解とやさしさを備えたからとはどうしてもいえない疑念が払拭しきれない)
…しかしこれらのことは、いわゆる「フツウの人々」についても十分当てはまる考察テーマである。周囲の人々や社会の「評価やきめつけ」から切り離して冷静に見つめられた「じぶん」というものに秘められた能力や可能性、ひいては「新たに認められるべき真実」というものは案外多いのではないだろうか。それは現在常識とされているありようからすれば、特殊であり異質なものであるかもしれない。こんなことをいうと、「○○なのに○○だ」という形式の挑戦モードを想起されがちだが、そうではない。「考えつくされた結果、ほんとうにやるべきことが出来ているか、努力されているか」というレベルでの反省の啓蒙である。結果として生じた「事実」は、自身にとって等身大の個性の発揮であると同時に、「信じられない」「あり得ない」「おかしいんじゃないの」等々語られる世間の常識を確実に変化させるものとなるということだ。さて、かくいうあるく自身にそのような「能力・可能性」はあるのかどうか…図らずも、ごく自然に、長いあいだまとわりついてきた「RUN」「仏教学」をキーワードに、地道に検証しながら努力を重ねたい。
5/24 月 0.0   しつこい雨だねぇ
明日明後日あたりの鴨川は、スンゴイ濁流になっていることであろう…カモさんたち、大阪湾に流されていなければヨイが…って、「流れ」で思い出したけど、あの「流れ橋」も気になる…修復の真っ最中にまた流されていたりして!★(-_-;)
しかしまた、雨もありがたきかな…まったくもってとんでもない量の「読まなければならない本」が目の前に積まれている…マジで、バイトに行ってる場合じゃないよ!の心境だ。…と、そんな時に限って「今日は休んでもヨカッタカモ?」なヒマさだったりするのがこれまたクヤシイところだ(-_-;)★
気がつけば、もう5月も終わりになろうかとしている…あるくはん、ホンマにこのままでだいじょうぶでっかぁ?(>_<)
5/25 火 15.0   頼まれもしないのに、大雨後の鴨川の現地視察(~o~;)キワメテ、コジンテキキョウミ。
往路・堀川⇒復路・鴨川
いつぞや、大学の講義が休講になった台風後の鴨川同様、特別たいしたことない流れでガックシ…もとい、安心した。
しかし、一度は見てみたい、ゴウゴウダクダクの鴨川とゆ〜ものを。
鴨川を急速南下中、端でダベっていた少年たちに「うわっ、すっげハェェ!」と叫ばれた。このセリフの対象物(主語)は、いつもより早い鴨川の流れのことかもしれないが、タイミング的に見て、ほぼ確実に「あるくの走り」についてのことと思われる。そうだ!確かに今日はじぶんでも「なんだかスッゲー早いペース!」と感じていた。このあと家に帰って夕ご飯の支度があるからだよ(~o~;)アセアセ!…ホレホレ、少年たちもこんなところでたむろってないで、おかんのご飯食べにハヨゥお帰りやす!って感じだね(~o~)。 
…生活の中に組み入れるRUN。ひじょうにやっかいなことのように思えて実は、RUNのあとに控えている「マストコンテンツ」みたいなもんがあるほうが、RUNそのものにも適度なハリみたいなもんが出てくるように思う。かつてのわたしはそれが「通勤RUN」であって、「始業時間に間に合う/これから仕事だ」という鉄則がRUNに影響(制限・制御もしくはノルマ)を与えていた。
今ではそれが、「朝ごはんのしたくor夕ご飯の支度ないしはしゅ〜る之助ご帰還時刻」となっているが、あえてこれを意識せざるを得ない時間帯にRUNを組み込むと、それをやり遂げたときの充実感ちゅ〜か満足度みたいなものがグンと高まっているような気がするんである。少なくとも昼間の自由時間にノンベンダラリンと走っているよりは相当イイカンジだ。
「完全なる自由・解放」と大きく語られるところに人は理想を求めがちであるが、結局のところ「束縛や制限」の相対的位置にある程度の自由というものが一番わかりやすい。「100%思い通りに行かないこと」…逆説的だが、人の幸福とは、実はそういう環境や条件を基盤として成立しているのかもしれない。
5/26 水 0.0   イイカンジの天気だったけど、休みになってしまった(>_<)
それにしてもバイトは楽しい♪
…あくまで現時点での感想だが。
わたしは「正社員」でないから、コスト意識だの改革意識だのは基本的に不要な立場であると考えている。社員さんの指示通りにミスのないよう働けばよい。…ただ、そんな中で半年もすると、「あくまでじぶんに与えられた範囲内」でも「このほうがやりやすい」とか「このほうがてっとり早い」「これを応用すれば…」等々の「QCチックな工夫」っていうもんが出来るようになる。これまでいちいち社員さんの手を止めさせて教えを乞うていたようなことが、じぶんだけでなんとかこなせるようになるっていうのは、結局のところ「コスト削減」や「改革」に繋がっているものだ。最初はモタモタしていたようなアレコレが、いつのまにか「イッチョマエ」にできている実感が持てる出来事がここのところかなり増えて、なんだかウッキキー♪な気分なんである。
本当は、少しばかりイヤなことが続くくらいのほうが「このままではいけない=学問へのさらなる情熱」に振り返られるんだけど…なんて思いつつも、その時間帯にはメーイッパイ、「パートのおばちゃんライフ」を満喫してしまっているんである(~o~;)イヤハヤ。
いろんな人生の話、町の話、業界の知識…勉強させてもらって、おもしろくて、これじゃ「授業料」払わないと申し訳ないかな!…な〜んて、「ほなら時給300円でもエエか?」てなこと言われたらカナンので、ひそかに思うだけで絶対口には出さないがっ(~o~;)
5/27 木 20.0   「烏丸五条チョット東入ル」のあたりで、救急車と隊員がなにやら作業中…を見かけ、「ひのえウマ生まれ」のヤジウマあるくは、当然のごとく見学に(~o~;)
既に首を固定する処置を受けた若いおねえちゃんが横たわって、ストレッチャーに乗せられるところだった。わずかながらの取り巻きが見上げているのは、マンションのべランダ…まさか飛び降り自殺未遂?(゜o゜)…と思ったが、それにしちゃ〜サンダルをしっかり履いていたりしてなんかヘンだ…謎は残ったが、まだここはスタート地点。そこまでにして先を急ぐ。
同じコースをRUNしていても、その日によって目に入るもの(認識されるもの)っていうのはかなり違うものだ…本日の場合、「今出川の同志社が消えていた!」「一念坂がなくなっている!」ってな感じである。
もちろんそれがほんとうになくなっているわけはなく、単にそのポイントで別のものを見ていたか、あるいは「RUNトランス状態」で異次元感覚を味わっていたかのどちらかであるのだが…(~o~;)
まったくもって、現実の事象に対する人間の認識能力なんてのはイイカゲンなものだと実感するものである(-_-;)
…朝もハヨから門を開けている知恩院さん。しかしなぜか御影堂の障子はしっかりと閉ざされ「部外者シャットアウト」てな状態(ー_ー)!!。中からボウサンの説教みたいなものがゴソゴソ聞こえてくる…それにひきかえ、みゆき堂(阿弥陀堂)のほうは、ジャンジャンバリバリ大開放で、今朝も金ピカのアミダちゃんが寝ぼけマナコのままお迎えしてくれた(~o~)ヨシヨシ。
★「アーナンダよ、わたしはすべての教えを授けました。如来の握拳はないのです」…原始仏典『マハーパリニッバーナ経』
★「もろもろの智者達の、沙汰申さるる観念の念にもあらず。また学問をして、念のこころを悟りて申す念仏にもあらず。」…法然『一枚起請文』
…上下左右東西南北、天下万民にあまねく照らす仏教、さらには阿弥陀の威光、念仏を広めるべくあるはずの総本山において、「選ばれた者、限られた者」にのみ授けられる秘密チックな教えとは如何。遺憾。イカーン!と思ふ。
…てなことを考えながら、仏教並びに浄土教本来の姿そのままに人々を待っている方のお堂にて、本日も朝一番の問答開始。
「いかにあるべしや」「かくあるべし」…結局、日々一瞬一瞬の真髄はそのヒトコトに集約されることをアミダちゃんと合意し、爽快な朝RUNとなったのであった。
5/28 金 15.0   朝の起床、4:45。最近の「あるく規定」からすると、大ネボウだ…よって、朝RUNナシで夕方に振り替え。
コースは25日に同じ。
5/29 土 45.0   鴨川をズンズン♪(高野川編)
ホントは「あそこまでいけたらイイナァ」というポイントがあったのだが、途中までにしておいた…途中だけどもう途中だしイイカンジの途中だなっ(~o~;)…と、わかる人以外意味不明になるコース説明である。
今年の京都の初夏は、5月末をもってして「鴨川でノンビリお弁当を食べて休憩しようかな」なんて思っちゃう、「ありがたい異常気象」が続いている。
そんな「珍しい気分」になったからこそ新たにわかった「鴨川沿岸お弁当事情」…北大路には、通りを挟んで真向かいにお弁当やさんがあるのだが、どちらも油っぽいもんばっかりでNG。さらにそのうち一方は、なんと「1000円ベース」の価格でなおさらNG!(>_<)…お弁当探しでついに北大路ビブレまで行き、惣菜コーナーを物色したがやはりイマイチ…結局、スーパードライが一番魅力的に目に付いて、クカカッと飲み干して、そこから地下鉄でワープして帰ってきてしまった。
あるくとしては、「ホカホカ弁当」のようなコンセプトのお弁当がほしかったのよネェ…(-_-;)
「RUNをした後」ってのは、何でもいいから食べたい!っていうのがフツウのような気もするのだが、少なくともあるくの場合、むしろ「食べたいものをカラダが選んでいる」傾向が強くなるのが不思議なところだ。おなかがすいていようがなんだろうが、「思い浮かんだものが食べられないなら食べないほうがマシ」ということになる。これは単なる「ワガママ」ではなく、何らかの確固たる理由があっての「シグナル」であると大切に扱っている。…と同時に、そういう選り好みをしても、ヘロヘロになって行き倒れになるような世の中ではない環境下にある幸福を感じるものである。
5/30 日 35.0   鴨川をズンズン♪(賀茂川編)
一部東山トレイル経由二ノ瀬ぬけ。
50キロ超のプランもないではなかったが、この程度にしておこうということで。
そんな予感はしていたが…ぶだはっから「原稿執筆依頼」がきた。
過去に同テーマで執筆・公開された諸先輩の文章には、「友人と励ましあってがんばった」とか「レポートが書けず何回もやめたいと思った」というようなフレーズが「おやくそく」のように出てくるのだが、あるくの場合それに追従したらウソッパチになってしまう。実際、在学中に友達なんぞひとりもつくらなかった(できなかった、とは違う)し、レポートや卒論も「やめたい」と思うほどの挫折など一切なかったし…書き様によってはすっげータカビーになることうけあいの事情を抱えているのである。しかし、「それでも/だからこそ」訴えるものがあると思う内容があることもまた事実。仏教を学び、またこれからも学ぼうとする学生らしい態度で、「たとえひとりでも誰かのこころに届く原稿」を完成させたいものだ。
現状、おっそろしく仏教説教的な文章が浮かんでいるのだが、もう少しヤワラカクしたほうがいいかな?…卒論のときもそうだったが、こういう文章の「イイカンジの構想」ってのは、RUNしているときに浮かぶことが意外と多い(ってか、ほとんどそうかも?)。ますますRUNして、推敲を重ねなければ☆(~o~;)
5/31 月 20.0   FM802、経費削減?
わたしの記憶に間違いがなければ、つい最近まで5時台の番組にも少なからずDJのシャベリが入っていたはずが、ここのところただダラダラと音楽流れっぱなしの状態なんである(-_-;)
まぁもともと、つまらないシャベリならないほうがいいと思ってるし、気に入った曲ならガンガンノンストップでいってちょ〜♪なのだが、今朝の場合、1時間以上ぶっ通しでロックだかフォークだかワケワカメなのばっかりでゲンナリした。チューニング直しても民謡とかだし(-_-;)テンション、サゲサゲ↓
知恩院さんの「秘密チックな儀式」は、「晨話ナントカ」っていうタイトルがついた毎朝恒例の行事らしいことが判明した。なんと6:00開始というありがたそうなお講義は、やはり障子でシャットアウトされた中で…(-_-;)
なので、いつもどおりみゆき堂に向かい、アミダちゃんとブツクサ話して帰ろうとしたら、いきなり背後に「尼僧」が鎮座ましましててビックラこいた(゜o゜;)
相手も、汗だくオバチャンの姿にビックラこいていたようなので、オアイコ。せっかくなので問答をしかけようかとも思ったが、時間がないのでスルー。
烏丸パレスホテルで、タイ舞踊のディナーショーがあるとな!…たった1回出かけた海外出張先のタイで、ワーカーの青年たちまでもがアタリマエのように踊っていた「舞の美しさの画像」がよみがえってきた。いいなぁこれ!…しかし問題なのは、これがあの「五山の送り火」と抱き合わせで開催されること。「ごちそう・タイ舞踊・五山の送り火」…これでは3つの楽しみ方がそれぞれ中途半端になりゃしないか?「一挙三得」は、実は「一挙三損」な結果にしかなっていないこともあるのだ…お値段、15000円なり。ど〜する、あるく?(-_-;)
同じく烏丸通りに、「こんなん、あったの?」な資料館を発見(゜o゜)「京和菓子資料館」なるもので、もし知っていたらとっくに行ってるはずの「興味津々ジャンル」だ。なぜ今まで、あるくのアンテナにひっかからなかったのだろう…?
…とまぁ、今朝は余計なものがやたらと目に付くRUNだった。…いや、「余計なもの」とは失礼な言い方で、実際こういうものがまた新たな学びや発見のモトになるという意味ではありがたい「ご縁」に接したというべきなのだが…(-_-;)
走行距離 413.9  km